第13回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(1)ハムレット
2021/09/14
前回まで、レジリエンスとワークエンゲージメント、ジョブ・クラフティングの関係などについてご説明しました。
今回からはレジリエンス応用編として、シェイクスピア戯曲の登場人物のレジリエンスについて検討してみます。
なぜシェイクスピアの登場人物を分析するのか
シェイクスピア戯曲は世界の多くの国において上演され、翻訳もされています。
16世紀から17世紀にかけて生きたシェイクスピアの作品はなぜそこまで愛されているのでしょうか。
それは人間を深く洞察し、登場人物に反映させたからだと言われています。
前回までもご紹介してきた代表的なレジリエンスの要素は以下です。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ
「ハムレット」のストーリー
「To be or not to be, that is the question.(生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ)」の台詞で有名なシェイクスピアの戯曲「ハムレット」の主人公、ハムレットは一般に決断できない人間として理解されているようです。ハムレットという国王はデンマークには実在せず、シェイクスピアが創作した人物です。
主人公であるデンマーク王子ハムレットは自分の実父を殺した(と思われる)叔父に対して敵討ちをするという決断がなかなかできません。しかし、それには理由があるのです。つまり、決定的な証拠がないために決断・実行が出来ないのです。そうした確証を得るまでの彼の大まかな行動は以下です。
亡き父であり、生前のデンマークの国王 ハムレット(父)の亡霊が、夜な夜なエルシノア城に出没し、息子であるハムレットにのみ告白します。それは世にも恐ろしき兄殺しであり、先王ハムレットの弟が、兄の妻であるハムレットの母と結婚するのです。
こうしてハムレットの父を殺した犯人であるクローディアスが義父となり、デンマーク王ともなるのです。ハムレットは留学先から先王の葬儀に参列するために帰国したのですが、帰国早々に母と、義父の結婚式となります。ハムレットにとってはそれだけでも精神的なショックが大きかったことが推察されます。また、当時のキリスト教の考え方では、夫婦は一心同体であり、亡き夫の弟との結婚は近親相姦の罪になるということです。そうした時に、主人公のハムレット前述のように実の父の亡霊の告白を聞くのです。
しかし、ハムレットは容易に行動に移りません。なぜならば、亡霊は往々にして真実を述べず、欺いて人を罪に陥れることがあると信じられていたからです。ハムレットには確証がないものの、義父を深く疑います。父を殺され、母を奪われたという疑いは、ハムレットの心を非常に不安定にさせます。
その後、母親を問い詰めて真実を聞き出そうとします。しかし、真実は分かりません。そこで旅役者を使って父親が殺された状況と同じ芝居を上演させて、義父の様子を観察します。そこで確証を得るのですが、まだ義父を殺すことはためらいます。
そのうちに、母親を問い詰めている時にハムレットに誤って殺されてしまったポローニアスの息子であり、オフィーリアの兄を使った義父の陰謀によって毒の塗布された剣で傷つけられます。また、義父がハムレットを殺す別の手段として用意していた毒杯を、ハムレットの母親が知らずに飲み干してしまいます。その段になって、ハムレットははじめて義父で父を殺したクローディアスを殺すのです。
ハムレットのレジリエンス
ハムレットは、もし父の暗殺がなければ思慮深い王子として名君となっていたことでしょう。他の方の分析とは少し異なるかもしれませんが、私なりに登場人物ハムレットの分析をしてみました。
自己効力感はそれほど高くない。王子ハムレットは行動的なタイプでもなければ、自信満々な人物としても、描かれていません。どちらかといえば、自信のないナイーブな青年として描かれています。青年期特有ののアンビバレントな心理状態を内包しているようです。
上記の理由から、感情のコントロールもこの芝居のような究極の心理状態の中ではあまり出来ていませんでした。「生きるべきか、死ぬべきか….」といった不安定な心理状態から、自己の感情のコントロールがうまく出来ていない状態であったのだろうと思います。ただし、この芝居の中で、という限定付きです。平素のハムレットはこの芝居の中では描かれていません。
思い込みへの気づきという面では、ある程度の柔軟性を発揮している。亡霊の告白を受けた後に、「少し待てよ、亡霊は古くから人を騙して罪に陥れることもあると言われているな」と気づき、直情的に義父を殺すという行為には及ばなかったのです。
楽観という観点は、この芝居の中で描かれているハムレットからはうかがわれません。
新しいことへのチャレンジは、義父による実父殺害の確証を得るためにさまざまな方法を考案して実施します。そうした観点では、さまざまな新しいことにチャレンジしていると言えるでしょう。
ハムレットは、残念ながらあまりレジリエンスが高い人物としては描かれていませんが、高貴で、そして思慮深い人物としては描かれています。この戯曲のような特殊な状況でレジリエンスを断言することは危険ですが、「ハムレット」の中ではそう描かれているということです。またもし、ハムレットのレジリエンスが仮に高かったとしても、義父によって殺されていた可能性もあり、悲劇ではあるでしょう。
次回は「リア王」のリアについて分析してみましょう。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。
toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ