2月8日に投開票された衆議院選挙は、自民党の歴史的大勝という結果で幕を閉じました。
この結果を受けて、先日、読売新聞に「SNSの高市首相人気、自民大勝の一因か」という興味深い分析記事が掲載されていました 。
記事によると、選挙期間中のSNSにおける高市首相個人の関心度は、他党首を圧倒していたといいます 。
データ分析によれば、公示日以降のX(旧Twitter)のフォロワー増加数は約3万5000人に達し 、YouTubeでの自民党関連動画の総再生回数は2億回を突破 。
特筆すべきは、第三者による「切り抜き動画」が再生数の約8割を占めていた点です 。
視聴者は、流れてくる動画を日々目にすることで「親近感」を抱き 、それが実際の投票行動につながった可能性が高いと分析されています 。
今回はこのニュースを切り口に、オンライン時代の情報との向き合い方、そして「選ぶ力」について考えてみたいと思います。
まず最初にお断りしておきますが、このコラムは政治的な意図を一切含みません。
特定のアプローチを支持したり、結果を批判したりすることが目的ではなく、私たちの目の前で起きている「事象」から、これからのコミュニケーションや人材育成のヒントを探ることが本旨です。
今回の選挙結果について、その要因をどう分析するかは立場によって見解が分かれるでしょう。
しかし、最も大切なのは「起きている事実を素直に受け容れ、向き合うこと」だと私は考えています。
SNSによる人気の過熱が一時的なものなのか、あるいは日本社会の構造的な変化なのか。
いずれにせよ、今起きている事実にしっかり向き合わなければ、そこから学びを得ることも、次の展開を見据えることもできません。
これは企業のDX推進や人材育成においても全く同じことが言えます。
「今の若手は……」「デジタルの世界は……」と色眼鏡で見るのではなく、まずは現状をフラットに捉える姿勢が、変化の激しい時代を生き抜く第一歩になるのです。
ひと昔前の選挙を思い返してみてください。
街中に溢れる候補者のポスター、拡声器の音が響き渡る選挙カー、ポストに届く大量の政党チラシ。
こうした光景は、今や確実に見る機会が減っています。
代わって有権者の判断軸の主役となったのは、間違いなくネットやSNSです 。
読売新聞の出口調査でも、投票の際に「SNS・動画投稿サイト」を最も参考にしたと答えた人が24%に上り、その層の支持が自民党へ大きく流れたことが示されています 。
SNSは、候補者の「人間味」や「懸命さ」をダイレクトに伝える力を持っています 。
一方で、その裏側には大きな課題も潜んでいます。
かつての兵庫県知事選などでも指摘されたように、真偽不明の情報や、感情を揺さぶるための過激なコンテンツが溢れているのも事実です 。
特に生成AIが進化した現在、素人目には見分けがつかないほど精巧な「フェイク動画」も出現しています 。
SNSは情報の拡散スピードを劇的に上げ、私たちの利便性を高めましたが、同時に「何が正しいのか」を判別する難易度も飛躍的に上げてしまったのです。
誹謗中傷やフェイクニュースを取り締まる法律の整備は、テクノロジーの進化のスピードに追いついていないのが現状です 。
だからこそ、私たちに求められているのは、「情報を取捨選択し、判断する力を自ら養うこと」ではないでしょうか。
SNSのアルゴリズムは、私たちが一度見た動画に似た内容を次々と表示させます 。
これは便利な反面、知らず知らずのうちに特定の意見に偏ってしまう「フィルターバブル」を生み出すリスクもあります。
便利だからと流されるままにするのではなく、「なぜこの情報が今、自分の元に届いているのか」を一歩引いて考える客観性が不可欠です。
これは人材育成の現場でも共通の課題です。
以前のコラムでも触れましたが、AIが「答えらしきもの」を出してくれる時代だからこそ、私たちはその「らしきもの」を鵜呑みにせず、自問自答し、勉強(研究)し続ける必要があります。
今回の選挙を通じて改めて痛感したのは、「SNSというツールをどう使いこなすかは、結局のところ、使う側の『人』の意志とリテラシーにかかっている」ということです。
テクノロジーは、私たちの「親近感」を増幅させることも、あるいは「分断」を加速させることもできます。
それは包丁と同じで、便利な道具になるか、凶器になるかは使う人次第なのです。
私たちビジネスパーソンも、溢れる情報の波に飲み込まれるのではなく、主体的に情報を手繰り寄せ、自分の頭で考えて選択する。
そんな「情報の自律性」を持つことが、これからのデジタル社会を健全に歩むための、最も重要なスキルになると感じている今日この頃です。