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第273回 若手メンタル不調は「中小企業問題」〜オンライン相談とAIが拓く、誰もが頼れるケアの仕組み〜

2026/06/05

先日、日本経済新聞に「若手のメンタル不調、中小企業は10年で3倍 悩み多様で対応に遅れ」という記事が掲載されました。国内企業の99.7%を占める中小企業で若手社員のこころの不調が深刻化しており、全国健康保険協会(協会けんぽ)のデータによれば、精神的な理由で休職中に傷病手当金を受け取った25〜34歳の件数は過去10年間で3倍に増えているといいます。厚生労働省の調査では、社員50〜99人の企業において、こころの不調が原因で退職・休業した社員がいる事業所の割合が13年の9.5%から24年には19.7%へと倍増しており、社員5000人以上の大企業の割合(20.4%)に迫る勢いです。この数字を見て、率直に「ここまでとは」と驚いた方も多いのではないでしょうか。私も人事担当者や同業者から若手のメンタル不調が増えているという話は日常的に耳にしていましたが、改めてデータで示されると、その重さをずっしりと感じます。

なぜ中小企業で特に深刻なのか。大企業と比べて周囲の目が届きやすいというプラス面がある一方で、不調者の業務を代行する人員の確保や配置転換が難しい構造的な問題があります。加えて、産業医や相談窓口といったメンタルケアの体制が整備されているかどうかの差が、大企業と中小企業では歴然としています。もちろん大企業が万全というわけではありません。しかし、体制の有無はやはり大きい。誰にも相談できないまま退職に至るケースが後を絶たないのも、この体制格差が根本にあると感じます。

また、記事が指摘するように、悩みの種類が変わってきていることも、企業側の対応を難しくしている要因です。かつては長時間労働やハラスメントといった職場起因のストレスが中心でしたが、今は育児・介護との両立や夫婦関係など、私生活に根ざした多様な悩みが目立ちます。産業医科大学の江口尚教授が「ストレス耐性は育った環境で形成される。若手の甘えではない」と指摘している点も重要です。ミドルエイジのマネージャー層は、パワハラも理不尽も(不本意な形を含め)乗り越えてきた経験があります。だからこそ逆に「自分の若い頃よりマシ」と映ってしまい、若手から見ると相談相手になりにくいという構造が生まれているのかもしれません。

こうした状況の中で注目したいのが、オンラインやAIを活用したメンタルケアの可能性です。本コラム第266回では、スマートフォンを通じた中高生の「心の不調の早期把握」の仕組みについて触れましたが、まったく同じ発想が、中小企業の若手社員支援にも応用できるはずです。SNSに悩みを吐き出す人が増えていること、さらにAIとの対話に相談の場を求める人が増えていること——これらは時代の必然です。上司に言いにくいことを、テキストであれば打ち明けやすいという若い世代の特性を考えれば、オンライン相談やAIチャットによる初期対応は、むしろ親和性が高いと感じます。
ただし、コストの問題は避けて通れません。中小企業にとって、専門のカウンセラーを常駐させたり、高額なEAPサービスを導入したりするのは現実的ではないケースも多い。ここで考えたいのが、自治体や健保組合による支援の可能性です。協会けんぽのような中小企業が主に加入する健保組合が、オンライン相談の基盤を共同整備・提供するような形があれば、個々の企業が抱えるコスト負担を大幅に軽減できます。また、相談対応のレベルも様々であるはずです。深刻なケースは専門家が担うとしても、初期の「話を聞いてもらう」段階であれば、相応のトレーニングを受けた非専門家のサポーターが対応する形でも十分に機能する部分はあるでしょう。

さらに言えば、AIによる一次対応は現実的な選択肢としてすでに近づいています。1on1ミーティングの補助や人事考課へのAI活用が語られる時代ですから、「メンタル状態の初期ヒアリング」にAIが入ることは、技術的には十分可能です。重要なのは、第266回でも述べたように、AIはあくまで状態を「可視化」し、適切な人やサービスへと「繋ぐ」ための仕組みであるという位置づけを明確にすることです。最終的に当事者に寄り添い、課題を解きほぐしていくのは、人間のプロフェッショナルの役割であることは変わりません。

記事には、関連記事として「こころの不調で年7兆円経済損失」という見出しも掲載されていました。メンタル不調は個人の苦しみにとどまらず、社会全体の経済活動に深刻なマイナスをもたらします。強い経済を作るためにこそ、AIやオンラインテクノロジーを積極的に活用し、中小企業で働く若手が声を上げやすい環境を整えていくことが急務です。労働安全衛生法の改正によりストレスチェックが小規模事業所にも義務付けられていく流れは、その一歩として評価できます。しかし制度の整備だけでなく、それを支える相談の受け皿をいかに厚くするか、仕組みとしても、人としても。これからの本質的な問いがあると感じる今日この頃です。

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