第41回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(29)リチャードII
2022/03/29
前回は英国史上、名君といわれたヘンリーVのレジリエンス分析をしました。
今回は時代が遡るのですが、ヘンリーIVから王位簒奪されるに至ったリチャードIIを採り上げます。
この作品は舞台では大学のシェイクスピア上演グループで後輩M氏の演じた作品と、1988年マイケル・ボグダノフ演出イングリッシュシェイクスピアカンパニーの作品を観ました。
この作品を観た当時は、せっかくの美しい台詞の細かな部分がよく理解できず、ただただぽかんと観ていたという記憶です。
イングリッシュシェイクスピアカンパニーで衣装を担当したステファニー・ハワード(ステフィー)は後に、ご縁があって私の千葉県の実家までいらしてくださり、家族と一緒に食事などを楽しみました。
共通の友人たちがたくさんいたための不思議なご縁でした。
今回、このコラムを書くにあたってBBCのDVDホロー・クラウン(虚ろな王冠)・シリーズ「リチャードII」や松岡和子先生の翻訳、そして必要に応じてOxford版のシェイクスピア全集を参考にしました。
BBCのビデオでは、ベン・ウィショーの演じたリチャードII(以下、リチャード)は物悲しく、美しい演技を見せていました。
彼はトレバー・ナン演出の「ハムレット」で主役を演じて絶賛を浴びた役者です。
この作品は全編韻文で書かれており、ウィショーはみごとにその美しい台詞のリズムを表現しています。
「リチャードII」は同年代の二人の争いを描く
この作品は、主人公のリチャードとヘンリー・ボリンブルック(後のヘンリーIV、以下、ボリンブルックと表記)という血縁関係にある同年代の若者の権力闘争を描いています。
正当な王位継承者であるリチャードが英仏戦争に疲弊した財政状況の中で教会の資産を没収し、民衆には高い税を課したことに対して、民衆に人気を誇り、議会を味方につけたボリンブルックが結局、王位簒奪をします。
正当な王位継承者が君主の適格性に欠けるということに由来する悲劇です。
リチャードはこうした争いの中で、絶えず自分とは何者かという問いを自らに発するのです。
また、王位簒奪をしたボリンブルックは自分が正当な王位継承ではないために心の中で思い悩み、聖地エルサレムへの巡礼を望みます。
「リチャードII」のストーリー
冒頭で、ボリンブルックがトマス・モーブレイの不正を告発します。
また、ボリンブルックの叔父であるグロスター公爵を殺害した嫌疑もあるのです。
モーブレイもボリングルックとの決闘を望みます。
いざ決闘という時になって、リチャードは二人を制止します。
その上で、二人を国外追放します。
そのためボリンブルックの父ランカスター公爵はショックで衰弱して瀕死の状態に陥ります。
リチャードには政治的手腕がなく、国民の心が離れます。
リチャードは自分にとっては叔父にあたるランカスター公爵を見舞いますが、公爵のアドバイスを聞き入れません。
結果、公爵は失意のうちに没します。
リチャードはその後、亡き公爵からボリングブックへの遺産相続の権利を無視して没収し、戦費にあてます。
ボリンブルックはこれに憤慨し、タブーを犯して王に反旗を翻します。
諸侯もボリンブルックに同調してリチャードを追い詰めます。
リチャードは議会でも廃位を勧告されます。
結果、リチャードは英国史上でほとんど前例のない、生前の廃位に至ります。
自分とは何なのか、王位とは何なのかと自らに問い続けます。
まさにホロークラウン(虚ろな王冠)を実感するのです。
こうしてリチャードはポンフレット城に幽閉されます。
リチャード派のオーマール公爵は伯爵に格下げされ、リチャードは暗殺者に監獄の中で殺害されます。
ヘンリーIVとなったボリンブルックの心は穏やかではなく、王位簒奪の罪悪感からエルサレムへの巡礼を考えます。
リチャードIIのレジリエンス
彼のレジリエンスは、以下のようになりました。
今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ
自己効力感は非常に低かったと思われます。
正当な王位継承者の自覚はあるのですが、君主としての適性に欠けるために、周囲に翻弄されるがまま諸侯や民衆に対して悪政をしいたことへの心の整理がついていない印象です。
感情のコントロールは、内省的な面もあるリチャードですので、ある程度出来ていたと考えます。
ただし、鬱状態に陥っていた可能性があります。沈んだ気持ちをどうしようもないという状況に見えます。
思い込みへの気づきという面では、それほど思い込みが強い状態ではないのですが残念ながら、思考の切り替えに常に悩みすぎた末に間違った判断をするという印象です。
楽観という視点からは、まったく出来ておらず、絶えず悲観的であったと考えられます。
ただし、ランカスター公爵没後、ボリンブルックの相続権を無視して資産を没収してしまい、ボリンブルックの反逆を誘発してしまうなど、深い考えなしに意思決定をしてしまう側面があります。
楽観というよりも、深い考えなしに行動してしまったという印象です。
新しいことへのチャレンジという視点は、興味の対象が絶えず自分であり、外界への新しい行為はほとんどしていません。
次回は、シェイクスピアの歴史劇「ジョン王」を検討してみます。
リチャードIIなどの時代から更に遡って、紀元12世紀から13世紀に生きた英国史上“もっとも人気のなかった国王”といわれる人物を題材にした戯曲です。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。
この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。
toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ