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深山 敏郎

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第127回 困ったときの老荘だのみ エピソード27「自然な生き方」

2023/11/21

コラムの126回目では、老子の言葉「“静”は“動”を支配する」を検討してきました。
私たち一般庶民は、ついつい周囲の些事(さじ:細々としたこと)つまり、どうでも良いことに一喜一憂してしまいやすい。
それでは主体性が失われてしまう、と老子は言います。

今回は老子の言葉「自然な生き方」をご紹介します。

「自然な生き方」とは

老子はよく、無為自然(むいしぜん)の大切さを説きます。

それは私たち(いわば凡人)が、つい不自然なことをしがちで、後で後悔するからではないでしょうか。
老子は言います。
自然な動きは動きのあとを留めません。
そして自然なことばに、失言はありません。
自然な計算に算盤は不要です。
自然に起こったことは、止めようがないということです。

聖人のもとでは捨てられる人はいない

経営者の皆さん、あるいは上司の皆さんは社員や部下を評価して、この人はぜひ会社に残ってほしい。
この人は不要である、などと考えがちです。
つまり、経営者や上司から見て都合の良い人にのみ焦点があたって、そうではない人を軽視しかねません。

聖人からみて不要な人はいないのです。
聖人のもとでは捨てられる物もないのです。
これが聖人、つまり真理を理解する人の態度です。
世の中では、こうした「道」を知る聖人は自分ではそれと知らず他者を助け、助けられる方も自分が助けられたということを理解しません。
互いにそれを自然として受け入れるのです。

仕事も経営も作為では知りえぬ境地

このように、無為自然な世の中こそが理想である、と老子は言います。
この無為自然というのは、作為の正反対と考えてよいと思います。
仕事においても、「助けてやる」といった意識を抜きにした仕事こそが、その後、当たり前のこととして残っていき、そうではない作為は、時が経過するとともに消えていくのではないでしょうか。

経営ビジョンや経営計画は大切でしょう。
しかしそのビジョンや計画自体が自然でない場合には役に立たないということを理解しておきたいですね。

本コラムが私たちの日々の悩みを和らげ、深く自省するきっかけになれば幸いです。

「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

(筆者:深山 敏郎)
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