第31回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(19)トロイラスとクレシダ
2022/01/18
前回はシェイクスピアの喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」の主人公で傑作キャラクターのサー・ジョン・フォールスタフ(フォールスタッフとも)のレジリエンスについて検討してみました。
今回はあまり上演されることのない劇「トロイラスとクレシダ」の主人公トロイラスのレジリエンスを分析してみます。
「トロイラスとクレシダ」は問題劇とされる作品
この作品は、シェイクスピアよりも時代が遡るジェフリー・チョーサーの「トロイルスとクリセイデ」等を元にしてシェイクスピアが創作したと言われる劇で、劇のトーンとしては男女の恋愛劇であり猥雑な感じがあるものの、最後はクレシダがトロイラスと交わした愛の誓いを裏切ることでトロイラス(トロイの王家の息子で末っ子)が復習に燃えるといった芝居です。
主人公のトロイラスも、恋人のクレシダも死なず、恋物語としては純粋で若い二人がともに死んでしまう「ロミオとジュリエット」等とは異なる作品です。
現代のTVドラマにありそうな複雑な物語と結末になっています。
この作品はシェイクスピア時代からめったに上演されることがなく、私も舞台で観たことがないため、BBCのビデオを観、脚本を(日本語で)観てこのコラムを書いています。
また、この作品にはギリシャ神話の英雄たちが多く出てきますので、ギリシャ神話ファンには別の意味でもとても興味深く読んだり、映像で観ることが出来る作品でしょう。
以下、ちょっとマニアックで個人的な感想なのですが、私が観たBBCのこの映像作品には、チャールズ・グレイ(Charles Gray:本名はDonald Gray)という役者がクレシダの叔父パンダラス役で出演しています。
彼はジェレミー・ブレット主演のシャーロック・ホームズのTVシリーズでは、シャーロックの兄マイクロフトを演じていて、「トロイラスとクレシダ」の中では、喜劇的雰囲気を出しています。
最後にはクレシダと結び付けたトロイラスに罵られます。
個人的には、ホームズとワトソンが「ギリシャ語通訳」という作品の中で、シャーロックの兄マイクロフトに呼ばれて訪れる「ディオゲネス・クラブ」(サー・コナン・ドイルが創作した想像上のクラブ)という誰もしゃべってはいけないという奇妙なクラブがいかにも英国の上流階級にありそうな奇妙な趣味の人たちの集まりとして描かれていて、強く惹かれました。
ディオゲネスはギリシャの時代の哲学者で樽の中で生活した奇人です。
一方で、現実には英国の役者友達で人生の大先輩のギャリー・レイモンドに一度、連れて行ってもらったThe Garrick Club(創立1831年)というロンドンのウエストエンドにある、英国の上流階級の人たちと役者の実在のクラブは、とても優雅でありながら飾らない接客の会員制クラブでした。
ギャリーは英国で成功した役者であり、この会の正式なメンバーです。
中には恐らくターナーの原画のような大きな油絵や有名な作家の彫刻なども無数に飾られていました。
こうした場が日本にもあれば、と思います。
私が億万長者だったらこうしたクラブを作るのですが……。
「トロイラスとクレシダ」のストーリー
トロイラスはトロイの国王プライアムの三人の息子の末っ子に生まれ、勇猛果敢で知られています。
二番目の兄のパリスは、トロイとギリシャの戦争の発端となったギリシャ高官の妻ヘレナをトロイに連れ帰った人物で知られています。
そうしたギリシャとトロイの戦争時代に、トロイラスは神官の娘クレシダに恋をします。
彼はクレシダの叔父パンダロスの助けを得て、ついにクレシダと結ばれます。
ところがクレシダの父はギリシャに組みします。
クレシダをトロイの武将と捕虜交換するということになり、恋する二人は愕然とします。
永遠の愛を誓いトロイラスは服の袖を、クレシダは手袋をお互いに差し出します。
こうしたラブ・ストーリーと同時に、ギリシャとトロイの戦が進み、トロイラスの兄ヘクターとギリシャのエージャックスの一騎打ちとなります。
この一騎打ちのために、兄ヘクターに随行したトロイラスが目にしたものは、永遠の愛を誓った恋人クレシダの裏切りでした。
クレシダは自分がトロイラスからもらった袖を男に差し出して恋愛に陥るところを目にしてしまったのです。
ギリシャ軍のエージャックスとトロイ軍のヘクターの一騎打ちは引き分けに終わり、両軍が両者を称え、休戦になります。
ところが自分のかつての恋人に裏切られたトロイラスは復讐心に支配されます。
戦いの場は、日が落ちて終わりかけるのですが、武装を解いたヘクターがアキリーズ達に斬り殺されてしまいます。
こうしてトロイにとって敗色濃厚な中で、トロイに日が沈み、芝居が終わります。
爽快感やカタルシスなどがない、いわば救いのないどろどろとした恋愛・戦を描いた劇となっています。
トロイラスのレジリエンス
トロイラスのレジリエンスは、彼にとっては悲劇の中でどのように分析したらよいか非常に迷うところです。
今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ
自己効力感はやや低く、恋愛に対しても不安だらけです。
結果的に、恋愛の相手であるクレシダもトロイラスに恋していたことが分かり、安心します。
感情のコントロールは、一般的であろうと思われます。
彼が永遠の愛を誓った恋人クレシダがギリシャの将軍に心変わりして、自分の分身として贈った袖を渡してしまうところを盗み見ても、制止されたとはいえすぐに復讐行為に移るのではなく、心の中で復讐を誓います。
思い込みへの気づきという面では、永遠の愛を信じて疑わない、純粋で愛すべき“思い込み人間”と言えるでしょう。
但し、誰しも永遠の愛を誓った恋人の心変わりを想像することは非常に難しいことでしょう。
クレシダの叔父のパンダラスが証人となって永遠の愛を誓っているので、いわば自分の妻という存在であることも事実です。
楽観という視点からは、絶えず不安を抱え、その不安が的中してしまう主人公であるからこそ、悲喜劇というか問題劇の主人公になり得るのでしょう。
新しいことへのチャレンジという視点は、この作品の中では特に目立った特徴は描かれていないように思えました。
総合的にトロイラスを分析することが非常に困難だったという印象を得ました。
次回は、シェイクスピア喜劇「ヴェローナの二紳士」を検討してみます。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。
この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。
toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ