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深山 敏郎

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第15回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(3)ヴェニスの商人

2021/09/28

前回はシェイクスピアのリア王について、私なりに分析してきました。

今回はレジリエンス応用編の第三弾として、シェイクスピアの戯曲「ヴェニスの商人」の主人公シャイロックのレジリエンスについて検討してみます。

シャイロックは、悲劇の主人公?

シェイクスピア作品は、歴史劇・悲劇・喜劇・ロマンス劇などと分類されます。
「ヴェニスの商人」は、実は喜劇に分類されます。
この戯曲はなぜ悲劇ではなく、喜劇なのでしょうか。
シェイクスピア作品では、悲劇というと主人公や周辺の人物が死ぬことになります。
この作品は、人肉裁判など一歩間違えば悲劇になる要素を含みながらも、結果としてハッピー・エンドに近い状態で終わります。

また、主人公は誰かということをめぐっても議論があります。
「ヴェニスの商人」というタイトルが示す人物は、人肉裁判の一方の主人公であるアントーニオのことであり、ユダヤ人の金貸しシャイロックのことではりません。
シェイクスピアの意図はシャイロックを主人公にして、彼の歓喜と落胆を軸にストーリーが進んで行くところから、シャイロックが主人公とみてよいでしょう。
また、シャイロック役には常に人気役者があてられたことも、主人公と呼ぶに値する理由となるでしょう。

こぼれ話ですが、初演の時にシェイクスピア自身がアントーニオを演じたと言われています。
シェイクスピアは、「ハムレット」の亡霊を演ずるなど、物語の鍵にはなるが出演場面の少ない役柄を演じています。
劇作家・演出家の宿命といえるでしょう。
また、こうした鍵になる役を演ずるということから、彼の演技力の確かさも推察できます。

「ヴェニスの商人」のストーリー

「ヴェニスの商人」は、悪役の主人公シャイロックと娘のジェシカ、シャイロックが憎むヴェニスの商人であるアントーニオの対立を軸に、周辺にいるバッサーニオ、ロレンゾー、グラシアーノーたちヴェニスの住人と、ベルモントに住むポーシャ、そして侍女のネリッサなどが複雑に絡み合って進行します。

若いバッサーニオは、彼を何かと支援してくれているヴェニスの商人アントーニオに借金の申し出をします。
アントーニオは貸してあげたいのですが、投資している貿易船はどれも帰港しておらず、もっかのところ現金が不足していて貸すことが出来ません。
そこでユダヤ人の金貸しシャイロックのところに借金の申し出をします。
シャイロックがそこで出した条件とは、もし期限までに金を返さない場合は、アントーニオの肉1ポンドをもらい受けるということでした。
アントーニオは船さえ帰ってくれば余裕で返済が出来るため、条件を快く受けます。

その金を持って、バッサーニオはベルモントへ赴き、金持ちの娘ポーシャに求婚し、みごとにその心を射止めます。
そこへ届いたのが、恩人アントーニオの船が帰ってこず、裁判にかけられており、命が危ないということでした。
そこで急遽、ヴェニスに大金を持って駆け付けますが、シャイロックは証文どおりアントーニオの肉1ポンドを求めます。
そして裏技を使って、変装したポーシャが裁判官になって、争いを裁くというストーリーです。
シャイロックは結果として全財産を失うというものです。

シャイロックのレジリエンス

今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ

以下、あくまでも筆者なりの分析であって、他の視点からも分析してみるのも面白いでしょう。

自己効力感はかなり高いと言えるでしょう。
当時のヴェニスでは、ユダヤ人は一般的な職業に就くことは許されず、金貸しになることはほぼ唯一の職業選択の結果でした。
質素倹約の結果ためたお金を貸して利子を産ませるということは当然のことでしょう。
アントーニオの台詞によると、利子を取るという行為が当時のヨーロッパキリスト教の価値観に合致しなかったことが、ユダヤ人が憎まれる一因ともなっていたようです。

感情のコントロールは、あまり得意ではなかったようです。
日頃、アントーニオにつばを吐きかけられ、足蹴にされたうっぷんを人肉裁判につながる証文にまとめ、それを非人道的であると知りながらも実行しようとします。
その姿は鬼気迫っていて、感情のコントロールがきかなくなっていたと言えるでしょう。

思い込みへの気づきという面でも、苦手であったと思われます。
自分の生き方に自信を持つのは良いのですが、バランス感覚を欠いており、ユダヤ人だから虐げられたという怨念から抜け出すことは出来ていません。
裁判の途中で条件の良い和解の道を提案されるのですが、断固として受け容れません。

楽観という視点からも、シャイロックに備わっている要素とは言い難いでしょう。

新しいことへのチャレンジという視点では、この戯曲を読む限りあまり観察ができません。

こうして考えてみると、「ヴェニスの商人」のシャイロックは、底意地の悪い主人公というよりは、ユダヤ人代表として当時のキリスト教社会の理不尽に怒っているということがよく分かります。
シェイクスピアはシャイロックにいろいろな形でそうした怒りを言わせています。
シャイロックが時代の犠牲者であり、また、そこから抜け出すことが出来なかったことは残念です。

シェイクスピア自身も当時の英国国教に対してさまざまな思いを持っていたことが反映されていると考えるのは、筆者の偏った考え方でしょうか。


次回は「ロミオとジュリエット」の登場人物について分析してみましょう。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。

toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
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