社員が2名の小さな人材派遣会社。経営者は30代の女性です。
もう一人社員を採用しようと何名もの面接を経て、50代女性の方を選びました。
選んだ基準は、
・コミュニケーション力が高い。
・自然体で雑談力もあり、笑顔や雰囲気が明るい。
・やる気があり、人生経験も豊富。
さまざまな企業への交渉や、応募者への対応など、単に人と接するというだけではない『人と関わる業務』を任せられる人を採用したかったからです。
いい人材と出会えた!と喜びましたが、いざ一緒に仕事をしてみると、言葉(意図)が通じず、ストレスで胃を傷めるほどに。それで30代女性経営者が、相談に来られました。
例えば、仕事上の指示を出しても「それはこうだから、こうすべきでは?」と、いちいち意見が返ってきたり、指示を事前に出していたのに、勝手な判断で仕事を進めてしまったり。そういうことが多々続いたそうです。
『言うことを聞かない』『勝手な判断でことを進めてしまう』『意図が伝わらない』『自分よりも人生の先輩だから強く言えない』
などのストレスが溜まっていったそうです。
さて、こんな時、みなさんだったら、どうやって50代新人社員を育てますか?
とことん聴く!
この件に限らず、人間関係の相談は、必ず双方から話を聴くことが鉄則です。
誰もが主観、自分から見える世界で話しているからです。もちろん私も。
そして、話を聴くときには、最初に相談された話は一切忘れて、まっさらな気持ちで聴くことも大事です。
それを心掛けていないと、つい、最初に聴いた話に引っ張られて「ちゃんと聴けていない」状態が起こり得るからです。
さて、50代社員さんの話です。
『会社のために良かれと思って!』『言われたことだけをするのではなく、会社のために一生懸命に工夫して仕事している!』『もっとお役に立ちたい!』
など、前向きな姿勢とやる気が伝わってきました。
ただ、やる気が強すぎることが災いし、見えていないこと(死角)が多く、空回りしているのだと感じました。
そこで私はまず、その『やる気・努力・能力』を十分に労う必要性を感じたのです。
だから話をじっくり伺い、気持ちを肯定し、努力を労いました。
そのような対話を重ねていくうちに、社員自ら「もしかしたら、空回りしているのかもしれない」「指示の意図は他にあるのかもしれない」と気づき始めました。
これらの言葉は、こちらから言っては『もったいない』のです。
相手の話を聴き続けると、相手が気づいてふっと言葉にしてくれる瞬間が訪れます。
この『相手が気づいてふっと言葉にしてくれる瞬間』を待てずに話をしてしまう人が非常に多く『もったいない!』と感じる場面は多いです。
さて、年齢が50歳で新人というのは、年下の上司や先輩同僚が考える以上に、実はプレッシャーも多く「ここで絶対に結果を出さないと後がない!」「何としても認められないと!」という無意識の焦りがあって、心に余裕が持てない状態でした。だから空回りをしていたようです。
誰しも、心に余裕がないときは周りが見えなくなり、人の話も聞けなくなります。
だから、まずは心の中にあることを全部『聴く』というプロセスが必須です。
このプロセスを経て、心のゆとりを確保してから『対話する』というフェーズに、はじめて移ることができます。
社員の理解できる言葉で『会社側の求めること』をテーマに対話しました。
自ら気づく!
この対話でも相手が自ら気づくことを心がけます。
すると『自分では良かれと思っていたことが実は違うのかな?』『自分から見えている現実は、それが全てではないのかな?』と気づいていきました。気づけば死角も減っていきます。
その結果、上司からの指示に対して「こうすべきでは?」と自分なりの意見を言いたくなっても、一息入れて「どんな意図があって、この指示なのだろうか? 」と捉え、わからない時は「この指示は、何のためのものですか?」と確認するようになったということです。
新人で最年長ゆえに『確認や相談』が憚れる心理も理解できます。
しかし、それよりも「みんなから頼られて役に立つ人材として活躍したい!」という希望の方にフォーカスして対話をしました。
そして、確認や相談などは、年齢には関係なく、みんなで『いい仕事』を創造するために必要な事だという事にも気づいていきました。
また、社員の活躍を一番喜んでくれるのは、経営者や仲間たちだという事も、様々な出来事を通じて実感でき、すっかり『変な力』が抜け、本来の性格を活かし、のびのびと仕事に取り組めるようになりました。
教育とは?
ちなみに、教育は言葉ではできません。
言葉で伝えて、頭で理解できたからと言って、それが『出来る』とは限らないからです。
大事なのは、自ら気づく事です。
教育(育成)とは、相手を心から信頼し、自ら気づくためのサポートに徹する事です。
人間には、本来、自ら気づく能力が備わっています!それを邪魔せず「聴くこと」「対話すること」で、ともに成長し、その喜びを分かち合える、それが教育の醍醐味だと私は日々実感しています。