前回このコラムの104回目では、老子の言葉「『道』はうつろだが」を取り上げました。
「無限の創造力」
天地は不仁(仁の道に背くこと。慈愛の心など持たないこと。また、そういう人)であり、そうした小さな徳を無視しているからこそ、万物はおのずと生々発展するのだと老子は言います。
同じように聖人もそうした小さな徳を万民に説こうとはせず、あるがままに任せていると言います。
天地の間は、巨大なフイゴ(革袋などでできた、炎を大きくするために風を送る道具)であり、中はうつろ(中に何も入っていないこと)だからこそ無尽蔵であると言います。
動けばいくらでも風を起こすことができます。
天地の創造力はこのように無限だと老子は言います。
うつろなものの働きは無限です。
しかしそこに作為があると行き詰まります。
人はついついこうしたコセコセした小さな知を働かせがちです。
しかし、こうした小さな知を働かせずに心の中をむなしくして世の中をあるがままに観て、受けいれることが望ましいと老子は言います。
まさに老子のいう「道」とはうつろであり、「無」であり作為がないことなのです。
比較や優越感という小さな知を働かせないこと
とかく私たちは、他人と自分を比較して優劣を決めつけたり、優勢に立ったときには優越感を得たりということをします。
また、ああしたい、こうしたいという作為を働かせます。
そうした小さな知は世の中をしっかりと観るために邪魔になっているのです。
世の中をあるがままに受け入れることは、私たち小人にとっては非常に困難です。
しかし世の中を受け入れ、小さな知を働かせないことによって私たちは天地の無限の創造力をしっかりと観ることができるのではないでしょうか。
経営者として、管理者としては会社全体で起こっていること、その外部である環境で起こっていること、従業員一人ひとりに起こっていることなどをどれだけ無為自然に受け入れる用意があるでしょうか。
「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
(筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ
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