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深山 敏郎

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第29回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(17)アテネのタイモン

2022/01/04

前回はシェイクスピアの喜劇「お気に召すまま」の主人公の一人ロザリンドを私なりに分析してきました。

今回はレジリエンス応用編の第十七弾として、シェイクスピア悲劇時代の最後に位置づけられる「アテネのタイモン」の主人公、タイモンのレジリエンスについて検討してみます。

「アテネのタイモン」は金銭感覚、友情について深く考えさせられる作品

シェイクスピアの話からいきなり逸れるのですが、皆さんはアンブローズ・ビアスの「悪魔の辞典」(The Devil’s Dictionary, 1911)はご存じでしょうか。
西洋の知識人が好んで引用する皮肉とウィットに富んだ書物です。日本語訳も出ています。
私はその中でも、友情(Friendship)の定義が大好きです。
ship(船)という語尾をもじって、「友情とは好天の際はよく進み、悪天になるとすぐに沈む船である」といった意味の定義がのっています。
今回アテネのタイモンをBBCのビデオで観なおしてみて、まさに友情について考えさせられました。

「アテネのタイモン」は、気前が良すぎるアテネの貴族タイモンがすべての財産を使い果たしてはじめて自分には真の友人が一人も居なかったことに気づく、といった悲劇です。
私もたまたま大学4年の時に詩人役で出演しており、短い台詞でしたが楽しく演じた覚えがあります。
演出家に私が詩人をやりたいと懇願してこの役を射止めました。
通常は大きな役を「射止める」というのでしょうが、私はプライベートでも詩人にあこがれて、英語で詩を書き続けていた時期でもあり、この役は自ら欲して演じました。タイモン役をやった後輩とは今でも付き合いがあります。

「アテネのタイモン」のストーリー

アテネの金持ち貴族のタイモンは、豊かな資産を使って宴会に明け暮れていました。
彼の豪邸には多くの客が押し寄せ、金を無心していきます。
そうした生活にも限界が訪れます。執事がタイモンに自制を促すのですが、それを聞かずに散在を続けます。

その結果、タイモンは破産に直面します。
元老院の議員からの借金の督促があってはじめて財産を使い果たして破綻したことが分かったのですが、タイモンはなおも気前よく振る舞います。
なぜならば、これまで面倒をみた“友人たち”が支援してくれるだろうという読みがあったからです。
召使いたちを友人たち、正確にはタイモンが友人と思っている人たちに送り、借金の申し込みをしますが、それに答えてくれる人は一人も居ません。

タイモンは友人と思っていた人たちに復讐するために、晩餐会に招き、料理の皿に石を乗せ、その上に布をかけておきます。
布を取って驚愕する客たちにタイモンは石を投げつけ、湯をかけます。

タイモンは破産して人間不信に陥り、森の中で草の根を食べながら生活をします。
また、いろいろ奇妙な体験もします。
そして元老院議員がタイモンに、将軍になるように要請します。
それは武力を使って手に負えなくなった武将アルシバイアディーズを手なずけられるのはタイモンだけだと思ったからです。
アルシバイアディーズはアテネに襲いかかり、タイモンと自分の敵を倒します。
タイモンは他者を呪い、死んでいきます。

タイモンのレジリエンス

タイモンのレジリエンスは、富裕な貴族の家柄に頼り切った生活をしていたため、状況判断を間違って悲劇の主人公になってしまった典型で、現代でもこうした状況は十分にあり得ることでしょう。

今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ

自己効力感は非常に低く、恐らく金銭を使ってかろうじて自分が他者の役に立っている、あるいは体面を保てているといった意識だったことでしょう。

感情のコントロールは、晩餐会の客へ石ころを料理の皿にのせて出す。
また、呪いの言葉とともに客へ湯をかけるなど、コントロール不能に陥りました。

思い込みへの気づきという面では、金銭目当ての客を友人と勘違いするなど、残念な思い込みから脱することが出来ませんでした。

楽観という視点からは、前半の裕福な時期には必要以上の楽観をして、後半では世の中を呪い、楽観からほど遠い状況です。
このように金銭に依存した楽観と、金銭がなくなった時の悲観が極端です。

新しいことへのチャレンジという視点は、この戯曲だけからはよく分かりません。
知恵を働かせて新しいことへチャレンジするというよりは、ネガティブな発想から客に湯をかけるなど、怒りや呪いの気持ちから突飛なことを思いつくのです。チャレンジとは言えません。

総合的に極端に低いレジリエンス評価になりましたが、これほど極端でなくとも自己理解を怠った時に、私たち一人々々が陥りやすい落とし穴としての人物像を描いたシェイクスピアの名作悲劇の主人公の一人と言えるでしょう。

次回は、シェイクスピア喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」を検討してみます。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。
この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。

toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
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