第25回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(13)アトニーとクレオパトラ
2021/12/07
前回はシェイクスピア作品「ジュリアス・シーザーの」の主人公ブルータスを私なりに分析してきました。
今回はレジリエンス応用編の第十三弾として、シェイクスピアの戯曲「アントニーとクレオパトラ」の主人公、アントニーこと、マーカス・アントニアス(マーク・アントニー)のレジリエンスについて検討してみます。
「アントニーとクレオパトラ」は、「ジュリアス・シーザー」の後日談 という性質の作品
「ジュリアス・シーザー」(推定創作年 1599年)が、シェイクスピアの円熟した「悲劇時代」の最初の作品であれば、この「アントニーとクレオパトラ」(同1606-07)は悲劇時代の仕上げ期に入った時期の作品だったようです。
改めて映画を観てみたり、原作(因みに日本語で)読んでみたりすると、「アントニーとクレオパトラ」は悲恋物語の様相を呈しています。
アントニアスの人物像は、「ジュリアス・シーザー」の中では雄弁で雄々しい将軍という設定でいわば正義の味方、つまりヒーローとして扱われているのに対して、「アントニーとクレオパトラ」の中に描かれている彼はまったく異なっています。
シェイクスピアも読んだであろうプルタルコスの「英雄伝(ギリシャ・ローマ対比列伝)」による伝記はアントニアスを、戦にはめっぽう強いが人妻と不倫をしてジュリアス・シーザーにもみ消してもらったり、という素行不良なヒーロー??として扱われています。
ジュリアス・シーザーは部下に寛容であり、自分の駒として使える者のコンプライアンス違反には目をつぶったようです。
このようにジュリアス・シーザーに可愛がられていたため、ブルータス一派がジュリアス・シーザーを殺害した後に、シーザーの栄誉を称えるスピーチで、民衆を反ブルータスへと駆り立てます。
このシーンはあまりにも有名です。
また面白いことに、戯曲「ジュリアス・シーザー」の中でアントニアスとオクタヴィアス・シーザー連合軍がブルータス一派と戦いに出る場面で、アントニアスとオクタヴィアス・シーザーには反目があって、先輩格のアントニアスに若いオクタヴィアス・シーザーが対抗心を持っている、ということを示唆するシーンがあります。
シェイクスピアの心の中に、いつかは後日談としてこの物語を戯曲にしてみようという心づもりがあったのではないかと思います。
この二つの戯曲を読み比べてみると、どうしても伏線を張っているというように見えてしまうのは、私だけでしょうか。
「アントニーとクレオパトラ」のストーリー
この戯曲の始まりは、既に第二期三頭政治が共和制ローマで行われていた時です。
アントニアス、オクタヴィアス・シーザー(この戯曲では単にシーザーと呼ばれています。以下、シーザー)、そしてレピダスによる統治でした。
アントニアスは遠征後にクレオパトラの住むアレキサンドリアに立ち寄ります。
そこで、以前はジュリアス・シーザーの愛人であったクレオパトラと夫婦同然の生活を始めます。
アントニアスにはローマに妻が居て、その妻の死を告げられます。
得意げにクレオパトラとの結婚に、もう障害はなくなったといったことを伝え、クレオパトラは形式だけはアントニアスをたしなめます。
ところがアントニアスがさまざまな身勝手な行動を取ることにいらいらしていたシーザーはアントニアスと対決姿勢を強めます。
二人の仲を案じて、シーザーの臣下であるアグリッパはシーザーの姉オクタヴィアとアントニアスの結婚による和解を提案します。
しかし、アントニアスとオクタヴィアスの結婚はクレオパトラの嫉妬の塊となります。
余談ですが、学生時代、美術教室にはこのアグリッパとアリアス(女性)の胸像があり、素描によく使われていました。
二人とも、ハンサムガイと美人さんでした。
筆者はよくアリアス像を素描したことを思い出します。
こうした中でシーザーは、アントニーを裏切って権力を独り占めにしようとします。
アントニアスは激怒して、シーザーの姉である妻を捨てて、クレオパトラの元に走ります。
シーザーに弾劾状を送り付け、開戦に至ります。
周囲の反対を押し切って陸上戦ではなく、苦手な海戦に応じたアントニアスでしたが、クレオパトラの乗る船が敵前逃亡すると、アントニアスも戦いの場から逃れてしまいます。
シーザーはクレオパトラにアントニーを引き渡すように臣下を通じて伝えますが、アントニアスはシーザーと1対1の勝負を申し出ます。
アントニアスの臣下の多くは既にシーザーに篭絡されていて、シーザー側についています。
シーザーはアントニアスを生け捕りにすることしか考えておらず、計略を練るのです。
クレオパトラと、そのクレオパトラにも疑心暗鬼になったアントニアスの仲は喧嘩が絶えないのです。
クレオパトラは自殺したという嘘をつき、アントニアスに伝えさせます。
アントニアスは自暴自棄に陥って自害します。
それを知ったクレオパトラも、エジプト女王の正装をまとって、毒蛇に咬ませて昇天します。
アントニアスのレジリエンス
アントニアスのレジリエンスは、プルタルコスの書いた対比列伝に近いアントニアス像、つまり「アントニーとクレオパトラ」の中のアントニアスをイメージして分析をしてみます。
今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ
自己効力感は、ある程度高かったことと思います。
この戯曲には登場しませんが、ブルータス一派を討伐してからのアントニアスは、自信満々であったことと思われます。
感情のコントロールという面は、恐らくアントニアスの最大の弱点だったであろうと思われます。
クレオパトラの魅力に骨抜きになったアントニアスの姿はかつてのヒーローの姿とは大きく異なります。
それは感情のコントロールが苦手だからです。
思い込みへの気づきという面では、ある程度、周囲の意見に耳を傾けることをしていました。
これはアントニアスが幼少期に苦労したからであると考えられます。
ただし、占い師の言葉をあまりにもストレートに真に受けるなど、強い信念があったとは思えません。
楽観という視点からは、アントニアスは楽観の典型のような面がありました。
ただし、シーザーとの戦で形勢不利と見ると、信念がぐらつき、楽観も姿を消してしまいます。
新しいことへのチャレンジという視点は、この戯曲の中ではあまり出てきません。
情報不足のため、判断不可です。
次回は、シェイクスピアのロマンス劇、「冬物語」を検討してみます。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。
この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。
toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ