第22回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(10)マクベス
2021/11/16
前回はシェイクスピア作品「リチャード III」の主人公であり、大悪党として描かれたリチャードを私なりに分析してきました。
今回はレジリエンス応用編の第十弾として、シェイクスピアの戯曲「マクベス」の主人公、マクベスのレジリエンスについて検討してみます。
「マクベス」は、魔法好きのイングランド新国王ジェームズ I に影響を受けた作品
「マクベス」は、魔女が登場したり超常現象ともいえる予言が行われたりという悲劇です。
この作品は「ハムレット」、「オセロー」、「リア王」とともに、シェイクスピアの四大悲劇の一つに数え上げられている戯曲です。
スコットランド国王であったジェームズが、1603年にイングランド国王となり、イングランド王ジェームズ Iを名乗ったことに強く影響を受けて書いたといわれています。
このジェームズ Iは大の魔法好きで、自ら「悪魔学」(デモノロジー)という書籍も著しています。
一説には、ジェームズ Iの義弟であり、デンマーク王クリスチャン IVが1606年にロンドンを訪れた時に宮中で上演したとも言われています。
しかし、証拠に乏しく、現存している最古の上演記録は1611年にグローブ座で上演された時のものが、現存している最古のものであると言われています。
演劇界の大先輩であり、数々のシェイクスピア舞台を経験し、私の兄のような存在だったジョン・フレーザー氏(故人)の話では、英国の演劇界では「マクベス」という名前を使わず「あの劇」(The Play アクセントはTheにある)と呼ばれているとのことでした。
「マクベス」と言うと超常現象が起こって、何か事故が起こるということです。
日本で「四谷怪談」を上演するときに墓参りをするということを連想させます。
フレーザー氏がジュディ・デンチとマイケル・ウィリアムズ(故人)ご夫妻を紹介してくれた年の前年だと思いますが、ジュディがマクベス夫人、マクベスをイアン・マッカランが演じた「マクベス」は超人気でチケットがなかなか取れなかったということでした。
私はその舞台は観ることができず、DVDで同じメイン・キャストの芝居を観て、ジュディの演技力に圧倒されました。
マクベスは、スコットランドの実在の国王の名前で、ラファエル・ホリンシェッドの「年代記」を参考にして書かれたといわれています。
イングランド王ジェームズ Iに影響を受けて書いたと言われているこの戯曲は、実在の国王マクベスを悪役としてかなり誇張して書いていると思われます。
マクベスは戯曲の中では、極悪人として描かれていますが、それはジェームズ Iの先祖が、戯曲の中でマクベスに殺害されるバンクォーであるからだとも言われています。
余談ですが、実在のスコットランド国王マクベスは17年間の在位があり、かなり安定した王座であったようです。恐らく人望もあったものと思われます。
「マクベス」は、黒澤明監督の映画「蜘蛛の巣城」のモデルとなった作品です。
作品自体は非常に短いため、宮廷で演ずるために長い作品を短く編集したのではないかということで、前述の王宮での上演説が出ているのです。
また、シェイクスピア学者たちは、「ハムレット」は行動を起こすことが出来ない男の悲劇、そして「マクベス」は行動を止められない男の悲劇と称しています。
「マクベス」のストーリー
劇の冒頭はスコットランドの将軍マクベスが凱旋してくるところです。
そこでマクベスは戦友バンクォーとともに、三人の魔女に出会います。
そこでマクベスは、今よりも広い領地コーダーの領主を予言され、また、ゆくゆくはスコットランド国王の座が約束されているとされます。
一方、バンクォーは、国王にはなれないが国王を多く生み出すと言われます。
半信半疑で国王のダンカンのもとに戦勝報告をします。
そこで、ダンカンから魔女の予言通りの広い領土コーダーを与えられます。
その国王が、マクベスの城に逗留するというのです。
魔女との出会いや予言を妻に伝えたマクベスは、妻から国王殺害をそそのかされます。
マクベスは最初、あまり乗り気ではなかったのですが、妻の強い意志には逆らえず国王ダンカンを殺害し、その罪をダンカンの二人の息子たちになすりつけます。
また、国王を直接殺害したとして、国王警護の兵士たちを殺害します。
そして、国王の座を手に入れるのです。
魔女の予言を一緒に聞いていたバンクォーはマクベスの行動を不審に思います。
そしてマクベスは自身に疑いの目を向けたバンクォーをすぐに暗殺します。
マクベスは祝宴の席でバンクォーの亡霊を見て取り乱します。
宴は中止され、誰もが不審を抱くようになります。
また、先王ダンカンの息子たちに刺客を送ります。
マクベスは不安になり、三人の魔女に会いに行きます。
そして、「女の腹から生まれた者にはお前を殺せない」とか、「バーナムの森が動かぬ限りお前は安泰だ」という予言を得てほっと胸をなでおろします。
しかし、夫に国王殺害を強く求めたマクベス夫人は、不眠に悩まされ、精神的に病んでいきます。
そして自ら命を絶ちます。
ますます孤独になったマクベスは焦るのですが、唯一魔女たちの予言を頼りに強がります。
しかし、マクベスは敵軍が木々をまとって近寄ってくる姿を見てまるでバーナムの森が近づいてくるように思い不安になります。
また、敵軍の将軍マクダフと1対1で戦った折に、マクダフが「俺は女の腹から生まれたのではなく、帝王切開で早く出てきた」という意味の言葉に希望を失います。
魔女の二枚舌を呪うのですが時すでに遅しで、命を失います。
マクベスのレジリエンス
今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ
自己効力感は、将軍として敵軍を破るという手腕からして決して低くないように思えますが、心の中に大きなコンプレックスがあり、自信が持てません。
結果として三人の魔女や妻の甘言に振り回されます。
敵軍とは勇猛果敢に戦うのですが、判断においては主体性に乏しい人物として描かれています。
感情のコントロールという面では、自己効力感の乏しさと相まって周囲の一挙手一投足に心が揺さぶられます。
妻が強く求めると、国王を殺そうと思ったり、バンクォーが自身に不信感を持っていると感ずると、すぐに殺したりとったように自らの不安を拭い去ることが出来ない人物のようです。
思い込みへの気づきという面では、残念ながら三人の魔女の予言を真に受けるという事実、そして妻の意思に従うべきであると思うことなど、思い込みの連続です。
残念ながら、思い込んだらストップできないようです。
楽観という視点からは、まったく見受けられません。
絶えず不安を感じているため、将来に対しても何とかなるさ、という気持ちになりません。
新しいことへのチャレンジという視点は、この戯曲の中ではあまり見受けられません。
残念ながら、かなり単純で頭を使わない人物として描かれています。
前述したように、実在の人物をシェイクスピアなりに歪めて描いていると思われます。
次回は、シェイクスピアの喜劇、「じゃじゃ馬ならし」を検討してみます。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。
toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ