先日、日本経済新聞に「ハンズ、AIが商品提案 まずスキンケアなど2万点対象」という記事が掲載されました。生活雑貨のハンズが、AIを使った接客サービスを導入するという内容です。消費者がチャット形式で質問すると、嗜好や悩みに合わせた商品をAIが提案してくれる。まずはスキンケアなど6分野の約2万1000点の商品で始め、順次対応品目を広げていくといいます。専用アプリは不要で、店頭のQRコードやECサイトのバナーから利用でき、対話を通じて候補を絞り込み、3商品程度を提案する仕組みだそうです。
この記事が目に留まったのには、個人的な理由があります。
上京して初めて東急ハンズの渋谷店に足を踏み入れたときの感動を、私は今でもよく覚えています。文具やカバンが好きな私は、若い頃、それこそ用事がなくてもよくハンズに通ったものです。フロアが半階ずつずれていく独特のつくり、見たこともない多種多様な商品、そして何より、従業員の方々の専門知識が圧倒的に豊富だったこと。これは私だけの感想ではありません。DIYが好きな友人も、料理好きの知人も、手芸をやっている人も、揃って同じことを口にしていました。あの店には、それぞれの「好き」に応えてくれる人が、必ずいたのです。
そんな特異性のあるハンズが東急から切り離されると聞いたときは、正直、少なからずショックを受けました。ただ、なくならなくて本当によかったと思っています。カインズの英断には感謝したいですし、お店の雰囲気が特に変わっていないことも、いちファンとしてはありがたい限りです。
もう一つ、この記事で思い出したことがあります。十年以上前になりますが、エージェントを介して、当時の東急ハンズさんに人材育成のご提案をしたことがあるのです(結果として受注には至りませんでしたが)。そのときにうかがった課題が、確かベテラン社員のマネジメントに関することだったように記憶しています。専門知識の豊富な方々のなかに昇格を望まない人が多く、若手のマネージャーが苦慮しているということ。そしてもう一点は、専門知識は極めて高いのだけれど、それが思ったほど収益に結びついていない、いわゆる職人気質の部分をどうにかしたい、ということだったように思います(関係者の方、あくまで益田の記憶ですので、間違っていたらごめんなさい)。
あれから時間が流れ、その「専門性」が、こういう形で世に出ていく。これが実に面白いと感じました。
記事によれば、ハンズには「コンサルティングスタッフ(コンスタ)」という社内資格制度があり、豊富な専門知識を持つ社員を認定しているそうです。全社で約180人が在籍しているものの、常駐する店舗や時間帯、専門とする分野には偏りがあった。そこで、そのコンスタの商品知識や接客のノウハウを聞き取り、ECサイトの口コミ情報などと併せてAIに学習させたというのです。
これは、本コラム第271回で取り上げた営業AIエージェントの話と、まったく同じ構図です。あのとき私は、営業部門の課題は「属人化」に集約されると書きました。「うまくやれている人のやり方」を、他の人にもできるようにすること――それが標準化の本質です。ハンズの場合、その「うまくやれている人」がコンスタであり、店舗や時間帯という物理的な制約を超えて、その知見をどこでも、誰にでも届けようとしている。かつて課題としてうかがった「職人の知見が思うように収益へ結びつかない」という悩みに対する、十年越しの一つの答えのようにも見えてきます。
そして今回、私のなかでキーワードになったのが、記事にあった次の一節でした。一般的なAIチャットとは異なり、商品提案を絞り込むために、従業員が店頭で実施している「潜在需要を探る質問を2〜3回重ねる」仕組みにした、というくだりです。
つまり、更問い(さらとい)です。
記事の例では、「毛穴が気になる」と入力すると、AIはいきなり商品を出してきません。まず、開き毛穴なのか、つまり毛穴なのか、黒ずみなのか、たるみなのか、どのタイプに近いかを聞き返す。次に、化粧水なのか、美容液なのか、洗顔料なのか、ジャンルを尋ねる。そうやって二段、三段と問いを重ねたうえで、ようやく3点ほどに絞って提案する。この設計思想に、私は深くうなずきました。
というのも、私たちコンサルタントの仕事も、まったく同じだからです。いいご提案をするためにヒアリングをするわけですが、そのカギを握るのは、最初の質問ではなく、その次の質問――更問いです。「研修をやりたい」というご相談に対して、そのまま研修メニューを並べても、たいてい的を外します。なぜそう思われたのか。いつからそう感じているのか。それは誰にとっての問題なのか。一段掘り、二段掘りしていくうちに、お客様ご自身も気づいていなかった本当の課題が、ようやく姿を現してきます。
そして重要なのは、この更問いの精度を高めるには、やはり一定の知見や知識が不可欠だということです。何も知らない人間が闇雲に質問を重ねても、それはただの尋問になってしまいます。どこを掘れば鉱脈があるのかを知っているからこそ、次の一手が打てる。ハンズのAIが精度の高い提案をできるのだとしたら、それは背後に約180人のコンスタの経験が学習されているからにほかならないでしょう。
本コラム第269回で、楽天市場のAIコンシェルジュを取り上げた際、私は「一億総外商時代」の幕開けだと書きました。第281回では、私たちが何かを決めるときの参照先が、人づてからネットへ、ネットからSNSへ、そしてAIへと移り変わってきた話を書きました。今回のハンズの取り組みも、その大きな流れのなかにあります。ただ、楽天のそれが膨大な商品群のなかから絞り込む「プラットフォームのAI」だとすれば、ハンズのそれは、自社の店頭に立つ人の技を写し取った「現場のAI」です。同じAIコンシェルジュでも、拠って立つものが違う。そこがとても興味深いところです。
考えてみれば、お客様の側も多様です。店員さんとあまり話したくない人もいれば、買い物に行ったらすぐに済ませたい、接客してくれる従業員を探すのが面倒だという人もいる。そもそも全部ネットで完結させたいという人も少なくありません。「店頭で接客を受けなければ満足度は高まらない」という前提は、もう成り立たないのかもしれません。ではその分、専門知識を持つ人の価値が下がるのかというと、まったく逆です。その知見があるからこそ、AIという回路を通じて、これまで届かなかった人にまで届くようになるのですから。
第279回で大丸松坂屋のDXを取り上げたとき、私は、デジタルを効率化や省人化の道具としてではなく、販売員の目利き力や接客力を「増幅」する装置として使う発想が素晴らしいと書きました。第280回では、落語家の桂文枝師匠とAIの「師匠と弟子」の関係を通じて、同じことを書きました。ハンズの取り組みもまた、その延長線上にあります。デジタルはあくまで土台であり構造であって、本質はやはり人にある。この軸は、業種や場面が変わっても、少しも揺らぎません。
もう一点、人材育成に携わる者として見逃せなかったのが、このAIチャットを従業員の教育にも活用していくという方針です。記事では、コンスタの年齢層が年々上がっており、今後は人材確保も重要になるという担当部長のコメントが紹介されていました。また、店頭で専門外の商品について尋ねられた際にも、AIチャットを使って接客できるようにするといいます。
これは非常に興味深い試みです。ベテランの知見を集約したAIが、若手にとっての「隣に座ってくれる先輩」になるということですから。第271回で、AIは「使わせる」のではなく業務のなかに自然に「染み込ませる」ことが大切だと書きましたが、まさにその実装例と言えるでしょう。そしてもし、若手がAIの更問いのパターンを日々目にすることで、自分自身の質問力を鍛えていけるのだとしたら――それは教育として、かなり本質的なことが起きているように思います。ここは今後、じっくりウォッチしていきたいテーマです。
いずれにしても、「顧客の期待に応える」ことが商売の本質であるならば、やるべきことははっきりしています。潜在的なニーズに対して更問いを重ね、それを言語化し、具現化していく。第269回でも書いたとおり、お客様の曖昧な悩みを対話によって引き出し、明確な言葉に落とし込む力こそが、AI時代における人間のプロフェッショナルの価値です。そしてその力は、小売でも、研修でも、営業でも、医療でも、行政の窓口でも、あらゆる分野で使えるはずです。
AIの更問いを見ながら、自分の更問いを鍛え直す。しばらくはこの「更問い」というテーマを、もう少し深めていきたいと思っている今日この頃です。