HACHIDORI NO HANE(ハチドリのはね)HPトップ

益田 和久

ホーム > 益田 和久 > 記事一覧 > 第237回 高校生メタバース就活が拓く新時代

第237回 高校生メタバース就活が拓く新時代

2025/09/18

先日、日本経済新聞に短いながらも興味深い記事が掲載されました。
高卒者採用支援のジンジブが、高校生向けにメタバース(仮想空間)上で求人企業の情報を収集できるサイトを開設したというのです。
東京や大阪、愛知など20都府県の製造・建設・小売りなど約100社がブースを設け、画像や動画を使って職場環境や業務内容を説明するとのこと。
たった数行の記事でしたが、そこには高校生就職の構造的課題と、デジタル技術がもたらす新たな可能性が凝縮されていました。

私は人事教育コンサルタントとして、複数の企業で高校卒の新人研修をお手伝いしています。
そこでいつも感じるのは、多くの新入社員が会社のことをよく理解せずに入社してきているということです。
大学生の場合、就職活動を通じて希望の会社に入れるかどうかは別として、ある程度の企業理解と入社動機を持っています。
しかし高校生の多くは学校推薦で入社するため、十分な企業研究ができないまま社会人生活をスタートさせているのが現実です。
実際、数字を見ても深刻さがわかります。
厚生労働省のデータによると、2020年3月卒業者の就職後3年以内の離職率は、高校卒が37.0%、大学卒が32.3%。高校生の方が約5ポイント高いのです。
この背景には、高校生特有の就職活動の制約があります。
「一人一社制」により複数企業の比較検討ができず、「直接連絡の禁止」により企業と直接やりとりすることもできません。
さらに、採用活動解禁から内定まで3か月弱という短期間では、深い企業理解は困難でしょう。

ある会社での研修での出来事が印象に残っています。
新入社員(高卒)の一人が「正直、どんな会社かよくわからないまま入社しました」と率直に話してくれました。
学校の先生から勧められた数社の中から選んだものの、実際の業務内容や社風については入社してから初めて理解したそうです。
こうした「思っていたのと違う」というギャップが、早期離職につながっているのは間違いありません。

今回のメタバース就職支援は、これらの構造的課題に対する画期的な解決策になり得ます。
地理的制約を超えて全国20エリアの仮想空間を自由に移動でき、気になる企業ブースを繰り返し訪問できる。
従来の学校推薦システムでは限られた企業しか知ることができませんでしたが、メタバースなら多様な企業と出会える可能性が広がります。
特に注目したいのは、このシステムが単なる情報提供にとどまらず、将来的には企業と高校生がリアルタイムに交流できる双方向コミュニケーション機能の導入を目指していることです。
これは従来の説明会や職場見学では得られない、深い理解を促す可能性を秘めています。
もちろん、課題もあります。
デジタルデバイドの問題や、バーチャル体験だけでは伝わりにくい職場の雰囲気もあるでしょう。
しかし、現在の高校生の求人倍率が3.70倍と過去最高の水準に達している中、選択肢の拡大と情報の質向上は急務です。

個人的には、この仕組みをもっと早い段階、中学生くらいから活用してほしいと思っています。
村上龍氏の『13歳のハローワーク』が多くの子どもたちに職業への関心を持たせたように、早期からのキャリア教育は重要です。
いずれは働くのですから、早い段階から様々な職業を知り、準備や勉強をする動機につなげられれば理想的でしょう。
時代の流れとともに、いわゆるブルーカラーの職種の人気が下がっているようですが、今こそDXやITの力で魅力を伝え、希望者を増やしていくべきです。
メタバースなら、実際の職場環境を3Dで再現したり、作業工程をバーチャル体験したりすることも可能になるはずです。

教育現場にとっても朗報でしょう。
教員の人手不足や業務の多様化で、民間での就職活動経験がない(少ない)先生方にとって、生徒一人ひとりの多様な希望や適性に対応した進路指導は困難を極めています。
メタバース就職支援システムなら、先生方も企業情報を効率的に収集し、生徒への指導に活かすことができます。
デジタル技術は手段であり、目的ではありません。
しかし、適切に活用すれば、情報格差の解消、地理的制約の克服、そして早期離職の防止という複数の社会課題に同時にアプローチできる可能性を持っています。
高校生メタバース就活は、その可能性を示す重要な一歩として、今後の展開に大いに期待したいと思う今日この頃です。

最新の記事
アーカイブ