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深山 敏郎

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第153回 困ったときの老荘だのみ エピソード53

2024/05/21

毎回老子の言葉をひとつずつご紹介しています。
コラムの152回目では、「底知れぬ徳」について検討してきました。
私たち人間は、目に見えない「道」や「徳」の存在に気づかず自分の力を誇示しようとします。
そこから間違いを生じさせることが多くあります。

今回は「小知を捨てよ」です。

「小知を捨てよ」とは何か

今回は老子の言葉「小知を捨てよ」の意味をご一緒に考えましょう。
老子は言います。
「道」はあらゆる存在の根元である。
この道は目に見えず、聞こえず、触ることもできない。
私たちの感性つまり五感で知り得ることには限界があり、「道」を認識するには感性では不十分である、と。

老子は「道」を認識するには、まずこの世の中のあらゆる存在・事象の根元には「道」があることを理解しようと努め、また、「道」からどのような存在・事象が起こるかを推察していく、ということを繰り返し行き来することによってのみ可能であるというのです。

老子が言う「小知」とは感性(五感)で認識できる部分をすべてである、と考える、あるいは錯覚することであり、これに対して「明知」というのは「小知」を捨てて物事の本質・根元を認識することを指します。

もし私たちが「明知」を目指し、世の中の存在・事象をあるがまま受け容れることが出来れば、「道」の極意に達することができて、心が自由になるということを老子は伝えたいのであろうと思います。

ビジネスや日常生活の上で「小知」を捨てるとは

老子のいう「小知」を捨てる、ということはビジネスやプライベートでも応用できそうです。
例えばビジネスにおいてよく使われるバランススコアカード(BSC:Balanced Score Card 以下、BSC)の考え方です。
これは企業の売上・利益などの結果を出すために各プロセスが順調に進捗しているかどうかを把握する手法で、数値が鍵になります。

背景にはビジネスが複雑になり、経営者やマネジャーが組織の全体像を把握しづらくなったため、各部門・プロセスの進捗が順調かどうかを大まかに把握するためのツールが必要になったことがあります。
そうした目的に特化して利用するのは良いのですが、使い方を間違えると現場を苦しめることになります。

多くの企業ではこのBSCの数値に縛られて、部門や個人は指標を達成するということがいわば目的化したため、短期的な成果に視点を絞り込んでしまい、結果として長期的な視点を軽視してしまうということが多く起こりました。
目的と手段の逆転現象といってもよいでしょう。

このように使い方を曲解した事例としては、「目標による管理(MBO: Management by Objectives through Self-control/Management by Objectives and Self-control)」があります。
ピーター・F・ドラッカーは、従業員が自ら目標を立て、自分でその目標へのプロセスをコントロールしていくことで、やる気が出てくるという考え方を示しました。
ところが多くの組織で、目標による管理(「目管」と略す場合もある)は、ノルマ管理に堕してしまったのです。
結果、従業員のやる気はストレスに変わってしまいました。

話を元に戻しましょう。
BSCの曲解の事例です。
以下は著者が実際に見聞きした話です。
ある外資系有名ホテルにおいて、欧州出身の総支配人が2年以上従業員教育を許可しませんでした。
筆者は現場の覆面調査も行っていて、トレーニングの必要性を痛感していました。

ところが総支配人が自らの成果、つまり3か月単位で売上・利益などの成果を求めるため、スタッフが現場を離れてトレーニングに参加することを「リスク」と考えました。
つまり売上が減少する要因と考えたわけです。
結果、2年以上トレーニングが実施できていない、ということをトレーニング責任者からお聞きしました。
また、今後も実施する予定はないとも。
筆者はご担当者とともに状況を憂いました。

そのホテルの名前が数か月後にマスメディアに出ました。
理由は、スタッフの一人が「今、芸能人の〇〇さんがうちのホテルに宿泊しています」といったことをSNSにあげてしまったのです。
結果、ファンが殺到し、その芸能人は非常に迷惑をしたということです。

もし最低限必要なコンプライアンス研修、自社ブランドの大切にしている価値の共有を目的とした研修などをしていれば、これは防ぐことができた可能性が強いと思います。
総支配人が短期的な売上・利益を追ったために、このホテルは大きく売上・利益のみならず、ビジネス、特にホスピタリティ産業として存続の鍵になり得る「信用」を失ったのです。

プライベートの場合でも、詳しいお話は省略しますが、短期的な視点に没頭して長期的な視野を失うということが多々あるように思えます。
例えば約束に遅れそうだから、自動車の運転でスピード違反をする、等です。

老子の「小知」を捨てよ、という言葉の意味を深く考えてみようではありませんか。

本コラムが私たちの日々の悩みを和らげ、深く自省するきっかけになれば幸いです。

「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

(筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ
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