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深山 敏郎

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第135回 困ったときの老荘だのみ エピソード35

2024/01/16

毎回老子の言葉をひとつずつご紹介しています。

コラムの134回目では、「死して滅びず」について検討してきました。
老子は、無為自然な「道」を体現した人の意志は長く生き続けると考えました。
従って、その人の肉体はなくなっても、その意志や精神は生き続けるというのです。
今回は、「主人顔」を検討してみます。

「主人顔」とは何か

今回は老子の言葉「主人顔」をご説明します。

老子は言います。
「道」は、万物を生じながらも「主人顔」をしない、と。つまり万物を生みながらも支配をしようとしないのです。
大事業を成し遂げても、功績を主張せず、万物を養っているのに「主人顔」をしないということです。

「道」は無欲

私たちは、小さなことでも成し遂げれば得意顔をしがちです。
人によっては、他者よりも少しでも優れようと必死に頑張り、結果が良好であれば誇ります。
そうでなくとも、自分に優れている部分があれば得意になりがちです。

例えば営業の現場であれば、頑張って業績が部署でトップになれば表彰されることもあるでしょう。
インセンティブ(業績に対するボーナスのようなもの)を貰うこともあるでしょう。
他者と比べ、自己の能力に自信を持つことがあります。
こうしたことは、いわば私た普通の人間の常です。
逆に業績が振るわないと滅入り、自信を失うことも多々あります。

しかし、老子によるとこうした態度も、「道」を理解しておらず、「無為自然」を受け容れることが出来ていないのです。
真に「道」を理解し、体現している人はただただ自然に任せることが出来るのです。

「道」は常に無欲であり、目立ちません。
従って、そこに「道」があることすら忘れさせます。

企業のオーナーは、ついつい「自分の会社」と思いがちです。
本当は企業というのは社会のためにあるもので、その一部として自分も存在するのです。
部長・課長といった役職者もそうです。
役割として分担しているにもかかわらず、つい「俺の部門は」とか「私のチームでは」などと思いがちです。
しかし、「道」を理解し、「無為自然」を受け容れることが出来る人は、まるで僕(しもべ)のように組織に必要なことを、ただただ実行します。
そしてそれが自分の業績と主張しないのです。

お互い、こうしたビジネスパーソンに、いつかはなりたいものですね。

本コラムが私たちの日々の悩みを和らげ、深く自省するきっかけになれば幸いです。

「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

(筆者:深山 敏郎)
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