第102回 困ったときの老荘だのみ エピソード②「美は同時に醜、善は同時に悪」
2023/05/30
前回このコラムの101回目ということで、老子の言葉を取り上げました。
前回は現存する「老子」という書物は老聃(ろうたん:老子のこと)という個人の著作であるという説と、老聃は架空の人物であり、書籍は中国春秋時代の哲学者たちの説を記した書籍であるという説をご紹介しました。
前回のエピソード(テーマ)は、「真理は固定したものではない」でした。
VUCAの時代と言われる現在、真理と思われるもの、原理と思われるものは日々更新され続けていて、ますますこのエピソードの深い意味が伝わってくるように思えます。
また、筆者が困ったときは、”老荘だのみ”であることをお伝えしました。
今後もしばらくの間、老子・荘子には具体的にどのような教えがあるのかを何度か続けていこうと思います。
まずは老子について引き続きお話をしてみます。
「老子」、「荘子」は経営者の皆様のみならず、どなたにとっても生きる糧となることでしょう。
美は同時に醜、善は同時に悪
私たちは「美」はつねに美であると考えがちです。
この美は同時に「醜」という要素も含んでいることを知らない、と老子は言います。私たちは普段、「善」はつねに善であると考えます。
善が同時に「悪」でもあることを意識していません。
これはシェイクスピア戯曲「マクベス」の中で三人の魔女(シェイクスピアは「奇妙な姉妹たち」と表現しています)の台詞に、”Fair is foul, and foul is fair.”(「綺麗は汚い、汚いは綺麗」、あるいは「善」は「邪悪」、「邪悪」は「善」とも取れます。)というものがあります。
マクベスという主人公をめぐって、彼の善行が邪悪な行為になり得て、その逆もまたあり得るということを伝えてくれています。
観客にとっても、王位継承をめぐる怨念にとらわれているマクベスやマクベス夫人という主人公側にとっての正義が、ダンカン王やマクベスの僚友バンクォーにとっては邪悪な行為であるという解釈もできます。
ものごとには両面があるということであろうと思います。
老子はまた、「有」と「無」、「難」と「易」、「長」と「短」、「高」と「低」、「音」と「声」、「前」と「後」などの一般に対立していると思われる概念は、あくまでも相対的な区別に過ぎないということを言っています。
相互に連関しあい、限定しあい、転化しあって、一つの統一をなしているという考えを述べています。
「道」(宇宙の原理・原則といったもの。それすら老子は一定不変であるとは考えませんでした)を体得した聖人は、相対的な物事のある一つの面にとらわれず、「無為」を行動の基準として、「不言」を教化の基準とするとしています。
「道」は万物を生み出しながら、万物を支配せず、それらの自律に任せるということです。
老子はものごとを敷衍(ふえん:押し広げること、展開すること、つまり大局的にさまざまな検討をすること)する必要性を教えてくれています。
リフレーミング
これは心理学の「リフレーミング(対象の枠組みを変えて別の考え、感じ方を持たせること、つまり現状を別の観点で検討すること。)」と非常に類似しています。
故事にある「人間万事塞翁が馬」もリフレーミングの一種といえるでしょう。
上に立つ者に要求される「無為自然」
例えば社員、部下に対する見方を例にしてご説明しましょう。
Aという営業社員は営業成績が振るいません。つねにワースト1か2です。
しかし、Aは他の営業社員たちがより快適に、そして効率よく営業ができるような仕組みを考え、それを実現すべく推し進めています。
営業成績という一つの物差しでAを評価すると、まったくのダメ社員かもしれません。
しかし、Aのお陰で営業の仕組みが整い、会社としては売上が飛躍的に向上するかもしれません。
これは単純な例ですが、一面のみ見てAという社員を評価してダメ営業担当者の烙印を押すのか、他の面もみて評価するのかでAに対する考え方が異なります。
上に立つ者に要求されるのはこうした状況を無理に変えようとするのではなく、「無為自然」の姿勢を貫くことではないでしょうか。
営業成績という評価は最低ランクであり、また、会社の売上向上への貢献度は最高ランクといった多面的な評価をすることも出来ます。
その場合、例えばこのAが能力を充分に発揮できるよう部署を新設するなどの発想を持つことも有効でしょう。
私たちが「無為自然」の姿勢でいればこうした発想も浮かぶのではないでしょうか。
上司が部下を評価して、「こういうところが足りない」、「もう少しこうなってくれればな」というのは、まだまだ「無為自然」になり切れていないからかもしれませんね。
「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
(筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ
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