HACHIDORI NO HANE(ハチドリのはね)HPトップ

星 寿美

ホーム > 星 寿美 > 記事一覧 > 第89回 心に寄り添わない方が心に寄り添える

第89回 心に寄り添わない方が心に寄り添える

2023/01/02

よく「心に寄り添って話を聴く」という言葉を聞きます。
一見、良さげな綺麗な言葉ですが・・・
さて、心に寄り添って話を聴く、とは実際にはどういうことなのでしょうか?

私の体験上『心に寄り添わない方が、結果的に寄り添っていることになる』ということが多々起こります。

もちろん、心に寄り添って聴いてくれて楽になった体験がある方もいらっしゃると思いますし、場合によっては私もそういう時もあったかと思います。

だから、否定ではなく、そして正しいかどうかは分かりませんが。
私なりの『心に寄り添わない方が心に寄り添える』というテーマを、下記3つのトピックスで、深堀してみます。

1.共感は暴力になりうる
2.そもそも人は理解し合えない
3.話し手が『聴いてもらえた』と感じることが最重要
・・・・・・・

1.共感は暴力になりうる

このテーマでは以前も書いているかもしれません。
共感が悪いという話ではなく、時には暴力にもなりうることを知っていてほしいということです。

例えば、虐待など辛い経験を持つ人の話を聞きながら「分かる、分かる」って共感して聴いているとします。
聴いている本人は、一生懸命に心に寄り添って共感しているつもりでも、話し手は「あなたに何が分かるの?」と悲しい気持ちになることがあります。

たとえ同じような経験をしていたとしても、全く同じ背景・同じ経験ではないので「私の方が大変だった」や、逆に「あなたの方が大変そうだから辛いって言えない」などの細かな痛みが出てきます。

心の痛みを伴う話の時の『共感』には気をつける必要があります。
(嬉しい話の時はどんどん共感して喜びを広げていきましょう♪)

じゃぁ、どうしたらいいのか?

ただただ「そうなんですね。」「そうだったんですね。」と、なんのジャッジもせずに、ありのままを受容しながら聴くことが大事です。

そして、もっと相手を理解したいという欲求からの質問で対話を深めていけばいい。
ただ、この質問、関係性ができていない時や、対話慣れしていない方だと、尋問に聞こえてしまう時もあるので、やはり注意が必要です。

いずれにせよ、安易に『心や気持ちに寄り添わない方がいい』と私は心から実感しています。

2.そもそも人は理解し合えない

誰でも『主観』を通して見たり聴いたり考えたりしています。
生まれ育った過程、背景、条件、性格など、一人一人違います。
だから『厳密にいうと、誰も理解し合えないのが私たち』だと私は感じているのです。
ただそれは、そんな悲しい事実でもなくて。

それを知っていることが大事なんですよね。
理解し合えないから、理解したいって思うから。

それに、気持ちが通じ合えたと感じられたり、響き合えたりした時、すごく嬉しいものですよね!
それは、そもそも分かり合えないから。
だから、分かり合えたと感じた時の喜びが大きいのだと思います。

逆に・・・
『理解しあえる』と思っていると・・・勝手に(無意識で)期待していたことと違った時に「裏切られた〜」などと言い出すのが我々です(笑)

私は「裏切られた」という言葉を使う人には気をつけています。
そもそも、相手を信じたのは自分自身。
期待とは違っただけ、というのが事実だと思うのです。

私も55年ほど生きているので、それはそれは、いろんなことがありましたとも!人生大ピンチもたくさん!自分の意思ではどうしようもない理不尽なこともたくさん!!!

でもね、全て自分の選択だ、と考えると、何があっても自由でいられるんですよね。
裏切られたって相手のせいにしている限り、不自由なんです。
あ、私はそう思います。
もちろん違う考えでも、なんでもOK♪

私は、この感覚が強いので、思い余って『いま、自由!』という歌を作りました!サビの歌詞は、

♪全ては自分次第、それって究極の自由じゃ〜ん♪

話がズレてしまいましたが、そもそも、人は本当の本当には理解し合えない。
だからこそ、理解し合えた(と感じた時)の喜びが大きいのだと、私は思っています。

3.話し手が『聴いてもらえた』と感じることが最重要

そして、これですよ!どんなに聴き手が心に寄り添って聴いても、話し手がそう感じなければ、それは寄り添っていないんです。

逆に、心に寄り添うことをしていなくても、話し手が『ちゃんと聴いてくれた』『気持ちをわかってくれた』などと感じれば、それは結果的に心に寄り添えていることだと思うのです。

心に寄り添うことをやめて、ただただ、ありのままを受容し続けると、そういうことが多々、多々、起こります。

相手の話を理解できていなくていいんです。
どうせ本当の意味では理解できません。
どうしたって主観で聴いてしまっているから。
どんなに客観視が得意な人でも、主観から逃れるのは至難の技。

だから、相手の言葉をただ、そのまま
「そうだったんだ」「そうなんだ」「なるほどね」「その時、どんな気持ちだったの?」「どうして欲しかったの?」「うんうん。」「そう・・・」などなど・・・

こちらの感情や主観、気持ちは一切、棚に載せて、聴き続けること。
それができれば、ほとんどの場合「こんなにちゃんと聴いてくれたのは初めて!」とか「理解してくれた」と言って涙します。

相手がそう感じることの方が数倍、大切だと思いませんか?
私は、日々それを実感しています。
あなたの場合はいかがでしょうか?

考え方は、違って全然構いません。
違っていた方が面白いし、全て正解だと思います。
この記事をきっかけに、心に寄り添って聴く、ということを考えるキッカケになれば嬉しいです。