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深山 敏郎

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第40回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(28)ヘンリーV

2022/03/22

前回まで、シェイクスピアのデビュー作と言われている「ヘンリーVI三部作」を検討しました。
また、「ヘンリーIV二部作」や「リチャードIII」についても既にこのコラムで扱ってきました。
このコラムで描く時代が何度も前後して恐縮なのですがこの芝居はシェイクスピアの歴史劇として人気が高い「ヘンリーV」の主人公ヘンリーVを検討してみます。
若き日のヘンリーV(ハル王子)についてもこのコラムヘンリーIV第二部(第34回コラム)で扱いました。
今回はシェイクスピアが描いた“大人の”ヘンリーVに焦点を当てます。

作品について述べる前に、「ヘンリーV」を映画として制作・演出・主演したローレンス・オリヴィエ(以下、オリヴィエ)について少し詳しくご説明しましょう。
彼はアカデミー名誉賞を受賞した「ヘンリーV」の他、アカデミー作品賞と主演男優賞を同時に受賞して彼の名前を世界に知らしめた映画「ハムレット」、うって変わって非常に抑えたヴィラン、つまり悪役の「リチャードIII」などシェイクスピア作品は得意中の得意であり、英国において彼以上の評価を受けた役者はごくごくわずかな数しかいないことでしょう。

映画「ヘンリーV」は舞台と映画の融合をさせて、とてもテンポの速い作品に仕上がっています。

オリヴィエは幼少期から音楽と演劇を学び、輝く才能を若くして開花させます。
また、名門の演劇学校であるセントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマに17歳の時に入学し、翌年にはプロデビューしています。
ちなみにセントラル・スクールの卒業生の中には、私のロンドンの親友で、弊社webに推薦文を書いてくれているデリーナ・キッドがいます。

彼女は首席(金賞)で卒業していると共通の友人から聞いたことがあります。
オリヴィエの後輩にあたりますね。
私の記憶では、卒業の際に彼女が演じたのは英国ロマン派詩人サミュエル・テイラー・コレリッジの「老水夫の詩(うた)」(The Rime of the Ancient Mariner)で、わたくしごとで恐縮なのですが、偶然、私も六本木自由劇場で独り芝居として英語公演をしました。
1981年のことでした。

オリヴィエは英国の代表的舞台役者ジョン・ギールグッドに師事したといわれています。
ギールグッドは私がもっとも好きな英国人のシェイクスピア役者です。
オリヴィエとギールグッドが舞台でハムレット役をダブルキャストで行った時期があり、若い頃に私が読んだ対談の中で互いの演劇スタイルを尊敬していることが良く分かりました。

オリヴィエはギールグッドの繊細な演技力を尊敬し、ギールグッドはオリヴィエが舞台に登場するだけで観客を魅了する力を持っているといったコメントだったと記憶しています45年程前に読んだ書籍の記憶です。

私は残念ながら舞台で「ヘンリーV」を観たことがありません。
このコラムを書くにあたって上記オリヴィエの映画を主たる参考にしています。
BBC制作のDVD2種類(デイヴィッド・ギリム主演版とトム・ヒドルストン主演版)もお勧めです。

また、いつも通り必要に応じてRSC(ロイヤルシェイクスピアカンパニー)版及びOxford版の原作、そして松岡和子先生の翻訳等を参考にしてこのコラムを書いています。

「ヘンリーV」はアジンコートの戦いの物語

「ヘンリーV」は前述のとおりシェイクスピアの歴史劇として人気のある作品の一つです。
また、ヘンリーIV二部作の続編として書かれており、ヘンリーIVに出てきたハル王子が国王として活躍する物語です。

シェイクスピアの歴史劇はテューダー王朝に至るまでの歴史を描いた作品群です。
英国史の中では、ヘンリーVはシェイクスピアの時代に最も尊敬されていた国王であったといわれています。
この芝居では、フランスのアジンコートでのフランス軍との戦いを中心に描いています。

このように英国史で賢王として讃えられたヘンリーVを、シェイクスピアはどのように描いているのでしょうか。
シェイクスピアは史実を忠実に描くという手法は取らず、どの歴史劇も演劇的な味付けをして観客を楽しませました。

この作品においても、”賢王ヘンリーV”を我々と同じ悩みを持つ人間として描いています。
そこがシェイクスピア史劇の魅力であり、舞台のために書いた脚本です。

「ヘンリーV」のストーリー

開幕にあたって説明役が舞台に登場して、大きな戦場での戦闘の様子を観客の想像力で補ってほしいと伝えます。

ロンドンの王宮で司教たち(カンタベリー大司教とイーリー司教)がヘンリーVの賢王ぶりを話し合っています。
また、教会の領地を没収せずに病人などのための救護院にすることになりそうだと話し合っています。
ヘンリーVはフランス遠征のための準備をしつつ、スコットランドの防衛にも力を注がなければなりません。
そうした時にフランス皇太子からの「宝物」として、テニスボールが贈られます。
それはヘンリーVがまだ自由奔放に遊ぶハル王子だった頃を皮肉ってのものでした。
これに対してヘンリーVは即座にフランス遠征を決断します。

多くの若者たちがフランス遠征に志願します。
鎧や兜づくりの職人は大忙しです。
また、ヨーク家の伯爵がスパイとして紛れ込みます。
それは後の薔薇戦争を引き起こす種になります。

ヘンリーIVに登場した酒場のおかみが出てきたり、(舞台には出てきませんが)ヘンリーVが若きハル王子時代に共に放蕩三昧をしたジョン・フォールスタフが死んだという話などが出てきます。(オリヴィエの映画では、フォールスタッフはちょっとだけ登場しますが、原作では登場しません。)

フランスの王宮内では、皇太子がヘンリーVに反発し、彼など取るに足らないと言います。
そこに届いたのはヘンリーVの使者で、イギリスに黙って王位を渡すように促されます。
これに対してフランス王は娘キャサリンをほとんど持参金なしで嫁に出そうとしますが、ヘンリーはこれに反発して戦をしかけます。

戦地であるフランスのアジンコートでは、イギリスとフランスの戦が展開されます。
フランス軍が圧倒的な軍勢で有利に戦を進めますが、最後はヨーク公の活躍によってイギリスが勝利をおさめます。
ヘンリーVはロンドンに凱旋します。
その後、講和のために再びフランスに出向き、フランス王の娘キャサリンに片言のフランス語を交えて求愛します。
フランス王は和平条約を承諾し、娘をヘンリーVに与えるとともに、フランス王位の継承者として宣言をします。

ヘンリーVのレジリエンス

彼女のレジリエンスは、以下のようになりました。

今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ

自己効力感はハル王子の当時と同様に非常に高く、どのような時にも自分を信じ、また、冷静に振舞います。
フランスとのアジンコートの戦で劣勢にもかかわらず、自身と自軍の結束を信じて勇敢に行動します。

感情のコントロールは、ある程度以上出来ていたと思われます。
父のヘンリーIVから引き継いだものも多かったのでしょうが、この芝居ではより成長した大人の態度と、国王であり武人としての立場で、フランス王や皇子からの侮辱に対しては好戦的な立場を取りますが、これは冷静さを保ちながらも国王としての正当な行動であったと考えられます。

また、フランスからの侮辱のメッセージを運んできた敵軍の使者などに対しては安全に帰すように部下に指示するなど、冷静さを失いません。
そしてフランスに密かに忍び込んで敵情を視察した時に自分の悪口を言っていた相手を、戦の後に発見しても許します。

思い込みへの気づきという面では、この芝居では全体的に特に頭が固いといったイメージはありません。
状況に応じて変化を受け入れた戦いをします。

楽観という視点からは、自軍の信頼関係については絶大なものを持っており、裏切りなどは少しも考えていなかったと思われます。

新しいことへのチャレンジという視点は、アジンコートの戦の前に敵地を密かに探索するなど、大胆なチャレンジが行われています。

次回は、シェイクスピアの歴史劇「リチャードII」を検討してみます。リチャードIIはヘンリーIV(ヘンリー・ボリンブルック)との政争の結果、敗れて最後は暗殺者によって命を落とします。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。
この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。

toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
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