第23回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(11)じゃじゃ馬ならし
2021/11/23
前回はシェイクスピア作品「マクベス」の主人公であるマクベスを私なりに分析してきました。
今回はレジリエンス応用編の第十一弾として、シェイクスピアの戯曲「じゃじゃ馬ならし」の主人公、ペトルーチオのレジリエンスについて検討してみます。
「じゃじゃ馬ならし」は、現代では疑問符の残る作品
「じゃじゃ馬ならし」は、シェイクスピアの若い頃、「習作時代」の作品で、粗削りながら面白い作品です。
ただし、メインテーマは男性が活発で毒舌の女性を屈服させて伝統的な妻らしく仕立て上げるという作品です。
現代で上演するとなると、相当波紋を呼びそうな作品であり、喜劇とはいえ女性蔑視の烙印を押されかねません。
演出家が相当工夫をする必要がある作品です。
シェイクスピアはこうした作品を残したためもあるでしょうか、彼の遺書に妻へ贈るものとして、「2番目によいベッド」のみを書いたことが波紋を呼びました。
ストラットフォード・アポン・エイヴォンに残してきた妻子をないがしろにしたのではないか、あるいは夫婦仲が悪かったのではないかと言われた一つの根拠となっているのかもしれません。
日本流で言えば、姉さん女房に頭が上がらなかったのでは?という見方もあります。
ただし、遺書についてはその当時の法律で、遺書に何も書いていなくともある程度の財産は妻のものになったし、お金目当ての求婚者たちを避けるといった意味もあったのではないかと言われています。
「じゃじゃ馬ならし」はシェイクスピア作品の中では、脚本の出来はそれほど評価されているわけではないのですが、上演回数はいつの時代もトップ5に入っているという作品とのことです。
多くの人が観たい芝居ということになるのでしょう。
「じゃじゃ馬ならし」のストーリー
この戯曲は、冒頭から劇中劇として扱われます。
領主がほんのいたずら心から、酔っぱらいのクリストファー・スライという鋳掛屋(いかけや)をだましてスライが領主になったように思わせて見せる舞台です。
舞台は現在のイタリアのパドヴァ(パデュアともいう)。
金持ちのバプティスタには二人の美しい娘がいました。
姉のキャタリーナは活発な、いわゆるお転婆で男性が近寄れないほどでした。
妹のビアンカは正反対の気性で、誰もが求婚したくなるようなおしとやかさでした。
父バプティスタは姉が結婚するまでは、妹を結婚させる気はないということでした。
そこでビアンカへの求婚者たちはしばし休戦して、とにかく姉のキャタリーナの結婚相手を探そうということになり、その候補にあがったのが、ヴェローナの自由奔放な紳士ペトルーチオでした。
ペトルーチオはキャタリーナ以外の、関係者ほぼ全員の支援を受けて、非常に強引にキャタリーナと結婚します。
初対面で結婚を申し込み、拒絶されてもものともせずに婚礼の日を決めて家路につきます。
結婚式の当日も大遅刻をした上に奇妙な恰好で現れます。
その後、ペトルーチオの屋敷に夫婦で帰ってからも、キャタリーナに難癖をつけて食べ物も与えず、、眠ることも許しません。
今でいえば、DVもいいところです。
しかしキャタリーナは徐々にペトルーチオに従うようになり、ついにはいわゆるおしとやかな貴婦人に変わるのです。
筆者の私は日本国内で何度かこの作品の舞台を観ました。
どの作品も捧腹絶倒でな芝居に仕上がっており、奔放で荒っぽいペトルーチオと美しく気性が荒く、他者に屈服するのが大嫌いなキャタリーナの「戦さ」を楽しんだものでした。
最終的に、妹のビアンカよりもいわゆるおしとやかな女性になるというのが面白く、また、結婚すると、だんだん本音が出てくるビアンカも面白いという印象でした。
ペトルーチオのレジリエンス
今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ
自己効力感は、過剰なまでの自信に裏付けられて、とても高い状態であっただろうと思います。
ただし、この戯曲の中ではペトルーチオが誠意ある人であるということはあまり前面に出てこず、本当の自信なのかそれとも虚勢を張っているのかは不明です。
感情のコントロールという面では、感情が激したように見える局面がしばしば出てくるものの、そのすべてが計算の上の演出であり、本音のところでは感情はうまくコントロールされていたのだろうと思われます。
思い込みへの気づきという面では、それほど強くはないと考えられます。
なぜならば、常に自分は正しい、自分は絶対に成功するということしか伝わってこないからです。
楽観という視点からは、相当楽観主義者であろうと考えられます。
ものごとをすべて自分に都合よく考え、周囲を巻き込んで目的を達成してしまいます。
結果として、皆がハッピーになるという不思議な魅力を持っているということも事実です。
新しいことへのチャレンジという視点は、即興力や創造性の高さから、かなり新しいことを積極的に行っていたことが分かります。
次回は、円熟した時期のシェイクスピア悲劇「ジュリアス・シーザー」を検討してみます。
レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。
また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。
この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。
toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ