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深山 敏郎

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第119回 困ったときの老荘だのみ エピソード⑲「作為を捨てよ」

2023/09/26

コラムの118回目では、老子の言葉「大道廃(すた)れて仁義あり」を取り上げました。
老子は、こうあるべきといった理想論が語られるのは、その理想が現実からは欠落するようになったからだと言います。

今回は老子の言葉「作為を捨てよ」をご紹介します。

「作為を捨てよ」とは

老子の言う「作為を捨てよ」は、才能などというものを重視することをしなければ、誰も競争などしないし、皆、心安く過ごすことが出来るということです。
つまり「親孝行をすべき」、「他者に優しくすべき」などいわゆる道徳を強制しなければ、誰も自分の心を偽る必要がなくなるというのです。
そして人は自然の情愛に立ち返ることが出来ると、老子は言うのです。

また、人の欲望を刺激するものを作ったり、売ったりしなければ人は盗みもしなくなると言います。

マーケティングとは本当に「ニーズ」を作ることか

私たちはマーケティングを学んだ時に、企業は人の「ニーズ」を作ることはできない、既に「ニーズ」がある中で選んでいただける「ウォンツ」を作るだけである、ということを学びました。

ここでいう「ニーズ」とは、「お腹が空いた」、「喉が渇いた」といった人間の根源的な必要性のことです。
これを私たち人間が作ることはできません。
もっとも、他者に「一日食事をしてはいけない」などの命令が出来る人は別ですが。
冗談はともかく、既に「お腹が空いた」などのニーズがある人が、何を食べようかと検討しているときに、例えば鰻を焼くにおいが路地に漂ってきたとか、ラーメン店に行列が出来ているのを目撃するなどの時にそのお店に入りたくなるわけです。
本当に「ニーズ」があるところに、こうした「ウォンツ」を作る努力をするのは商売の常道です。
ただし、過剰に購買意欲を刺激することで、本来必要ではないものを買ったり、食べたりということはないでしょうか。

老子はこうしたいわば作為で人を誘導しようとしなければ、人は必要なもののみを得て満足するというのです。
なかなか難しいのですが、私たちは「これは本当に必要か、それとも不必要な気まぐれか」といったことを再考してみてはいかがでしょうか。

我々が思い上がって、「トレンドを作る」とか「購買意欲を刺激する」などに終始して相手の「ニーズを無視」することがあれば、本当に相手のことを思っている結果とは言えませんね。
まさに、それこそが作為であり、老子のいう賢者の選択ではないことを深く理解することが必要ですね。
 
本コラムが私たちの日々の悩みを和らげ、深く自省するきっかけになれば幸いです。

「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

(筆者:深山 敏郎)
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