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深山 敏郎

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第112回 困ったときの老荘だのみ エピソード⑫「腹をなして目をなさず」

2023/08/08

コラムの111回目では、老子の言葉「無の用」を取り上げました。
老子は「道」を実行するためには心を「無」にすることが必要であると説いていました。

今回は「腹をなして目をなさず」をご紹介します。

「腹をなして目をなさず」とは

老子は言います。
「美しい色彩は人の目をくらまし、快い音楽は耳の感覚をしびれさせ、ご馳走は味覚を狂わせる。狩りを好んで獲物を追うことに熱中すれば、人の心は平衡を失い、宝物を手に入れようと夢中になれば、人は行為を誤ってしまう」
と。

「聖人は、外面の刺激を求めず、ひたすら内面の充実を追求します。つまり欲望を捨てて『道』に則(のっと)るのです」
と。

道は人の内面に宿る

私たちはなぜ五感を働かせるのでしょうか。
一般には外部からの情報を得るためです。
見て、聞いて、触って、匂いを嗅いで、舌で味わいます。

しかし、それはそもそもなぜでしょうか。
五感を正しく働かせるということの真の目的は、内面を充実させるためであるということを、老子は言っているのです。

私たちは日々、さまざまな刺激にさらされ、欲望は数知れません。
しかしそもそも、五感とはそうしたことに振り回されるためにあるのでしょうか。

自然の法則である「道」は、老子によると内面に宿るのです。
内面を充実させること、そのために、五感を使い、思考力を使い、感情を使い、願望(志)を使う、そして自然の摂理に合致した行為をする、それこそが「道」を体現する聖人であると言うのです。

理想と現実には必ずギャップがあります。
会社経営をしていても、サラリーマン、OLをしていても必ずそうしたギャップを感ずることがあります。
そうした時に帰るべきところ、それは老子のいう内面、つまり「道」ではないでしょうか。

「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

(筆者:深山 敏郎)
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