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深山 敏郎

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第110回 困ったときの老荘だのみ エピソード⑩「道」を体する

2023/07/25

前回このコラムの109回目では、老子の言葉「鋭利な刃物は折れやすい」を取り上げました。
老子は慢心する危険性を説いていました。

今回は「『道』を体する」をご紹介します。

「道」を体する

老子は言います。
「一面的なものの見方から脱却して自然な柔軟さを持っているだろうか」、
「知識は万能でないことを理解しているだろうか」、
「自然の変化の中で、受け身でいるだろうか」
と。

「道」は万物を生み、万物を養うといいます。
万物をつつみ込みながら、支配しない。
それこそが「道」であると言います。

この章は、「老子」の中でも特に難解とされています。
筆者も正確に理解しているとはとても言い難いものがあります。
筆者なりの解釈とお考え下さい。

玄徳

子供のように柔軟であることは老子の理想とするところです。
「道」を体得し、自然と一体化することは、言うのは簡単ですが、なかなか実行することが出来ません。
私たちが自然に帰るためには、絶えず内省をすることによって、忘れかけた自然を思い出す、あるいは取り戻すことなのです。

私たちはこの自然に帰るために、強い意思をもって内省し、柔軟になることが必要なのです。
それを、老子は「玄徳(げんとく)」と言っています。

体現することこそが老子の教え

「老子」を読んで、分かったつもりになる。
それが私たちにとっての罠なのです。
頭で理解する、それだけでは何の価値もありません。
それを実行することこそが「体現」であり、老子の言葉によると、「『道』を体する」ということなのです。

ビジネスでも崇高な理念を持ち、知識としていろいろなことを理解することはできます。
それを実行するためには、絶えず自省することが求められます。
また、高い志も求められます。
私たち常人、つまり普通の人は多くの邪念を持ち、自分の都合のよいように解釈を重ねます。
したがって、世の中の真理を理解することが困難なのです。
こうしたことを絶えず理解した上で、自分は何のために生きているのか、誰に奉仕をしたいのかという自省を続けたいものですね。

良いことを学んだら、是非実行に移しましょう。
そして少しでも老子の言う「道」を体現しましょう。
それが完全なものでないことを自覚しながら。

「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

(筆者:深山 敏郎)
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