今週の日本経済新聞に「『AIに満点回答求めない』 活用先進地の横須賀市、成功導く80点主義」という記事が掲載されていました。神奈川県横須賀市は全国の自治体に先駆け、2023年4月に対話型AI「ChatGPT」を全庁で導入しました。導入から3年が経ち、いまでは全職員の7割がAIを日常的に活用しているそうです。とくに効果を実感しているのが消防局で、現場勤務が多く書類仕事に不慣れな職員でも、箇条書きのメモから正確でわかりやすい文書をつくれるようになり、文書作成だけで年間40時間分の短縮が見込めるといいます。全庁導入後、職員の総残業時間は1年間で2万2800時間減りました。一方で、市民の悩み相談に応じる「絶対に失言しないチャットボット」の開発に挑んだものの、試験を重ねても失言はなくならなかったとのこと。そこで市は「AIは80点で十分」と発想を転換します。職員も割り切れたことで、意欲的な活用案が出やすくなったそうです。
自治体の人材育成に関わる立場として、この記事にはいろいろと考えさせられました。率直に言えば、自治体のDXはまだ十分に進んでいないと感じています。AIを使うかどうかの判断は個人の裁量だけでは難しく、ルールや利用範囲もかなり限定されているように見えます(あくまで私個人の印象で、実態が違っていたら関係者の方にはお詫びします)。公的機関ですからミスは許されませんし、扱うデータは膨大で、その多くが個人情報です。慎重にならざるを得ない事情は、よく理解できます。
それでも、記事を読む限り、労働時間が確かに短縮されているのは事実です。AIに頼ることで職員一人ひとりのスキルアップにどんな影響が出るのか、という点には議論の余地があるでしょう。第289回でも、AIの普及によって先輩の横について覚えるOJTの機会が失われかねないと書きました。ただ、これは「使うか、使わないか」の二択で考える話ではなく、活用を進めながら並行して手を打っていけばよいことだと思います。育て方には、いくらでも工夫の余地があるからです。
今回の記事のいちばんのポイントは、やはりタイトルにある「80点主義」です。わかっているようで、実はまだ腹落ちしきれていないところでもあります。80点と聞くと、一見100点にかなり近いように思えます。しかし本当に大切なのは、残りの20点をどう埋めていくかであり、そこにこそ人間が担う仕事があるのだと考えています。記事にも、万能ではないからこそ人が手を加え、内容を磨く余地があるという趣旨のことが書かれていました。
研修の現場で若手の話を聞いていると、AIが出してきた80点の成果物を、ろくに確認しないままそのまま提出し、痛い目にあったという人が少なくありません。誤った数字や、職場の実情に合わない表現がそのまま上司の手元に届いてしまうのです。80点を「完成品」と受け取るのか、「たたき台」と受け取るのか。この受け止め方の差が、AI時代の仕事の質を大きく分けるように感じます。
もっと言えば、私は80点にこだわる必要もなく、70点程度でも十分だと考えています。もちろん、何点で良しとするかは仕事ごとに違います。社外に出す文書と、社内の打ち合わせメモとでは、求められる水準がまったく異なるでしょう。ただ、どんな仕事であれ、70〜80点のレベルまでを早く仕上げられれば、業務の効率は大きく上がります。そして、浮いた時間を残りの20〜30点を磨くことに回せばよいのです。
そう考えると、横須賀市に学ぶべきことは、AIの導入そのものよりも、仕事の進め方を見直す視点なのかもしれません。自治体に限らず、どんな職場にも「70〜80点に到達するまでに、やけに時間がかかっている」プロセスがあるはずです。ゼロから文書を書き起こす、過去の資料を探し回る、体裁を整えることに追われる。そうした部分を改めて洗い出してみるだけでも、AIの使いどころは見えてきます。AIの活用は広がっているように見えて、実態は必ずしもそうではありません。記事の結びにあるように、まずはAIにできること、できないことを知ることが第一歩なのでしょう。
実際にAIを使い始めると、従来の仕事のやり方とは異なる場面が必ず出てきます。得るものもあれば、失うものもあるでしょう。さまざまな議論が起こるのは当然ですが、それらは立ち止まらずに、走りながら並行して考えていけば解決できる問題だと思います。研修の場で受講者にAI活用を促すとき、「とにかく使ってみましょう」だけでは足りません。「まず70〜80点を素早くつくる。そして残りを自分の頭で磨く」。そんな投げかけ方を、改めて考え直したいと感じる今日この頃です。