日本経済新聞に、若者の心の健康が悪化しているという記事が掲載されていました。
大学生の子どもを持つ私にとって、これは他人事ではありません。
しかも、その背景にSNSが関連しているとなれば、オンラインやDXの推進に携わる弊社としても、真摯に向き合うべき課題だと感じています。
厚生労働省の集計によると、2024年、20歳未満の女子の自殺者数が430人と、男子の370人を初めて上回りました。
10年前は女子165人、男子373人であり、長く続いた傾向が逆転したのです。
男子の自殺者数が横ばいである一方、女子だけが2.6倍に増加した。
この異例の事態は、世界的にも類を見ないものだといいます。
国立精神・神経医療研究センターの成田瑞室長による寄稿では、女子のメンタルヘルス悪化の要因として、いくつかのポイントが挙げられていました。
学業関連のプレッシャー、インターネットやソーシャルメディアの影響、オンライン上での性的搾取や性被害、身体への不満や外見の理想化、そして思春期の早期化です。
特に気になったのは、記事中の「不適切なネット利用が抑うつと関連していたが、そのリスクは特に女子で大きかった」という指摘です。
これは、前々回のコラムで取り上げたネットいじめの巧妙化とも深く関係しているのでしょう。 証拠を残さず、しかし確実に相手を傷つける。
そうした見えにくいいじめが、SNSやオンライン空間で日常的に行われている。
東京都の10〜16歳を対象とした縦断調査でも、ネットが急速に思春期の生活に浸透したことで、ひと昔前と比べてリスクが大きくなったと考えられています。
さらに、オンライン上での性被害という、昔は存在しなかったリスクも加わりました。
世界の子どもの8.1%が何らかのオンラインにおける性的搾取や性被害を経験しているという国際データもあります。
また、ネットやSNS上には「細くてかわいい」女子の映像が頻繁に流れてくる構造があり、そうしたアルゴリズムが女子のメンタルヘルスに影響を及ぼす可能性も指摘されていました。
女子だけに摂食障害の診断が急増したという研究結果もあるそうです。
もちろん、今回の問題はSNSだけが原因ではありません。
しかし、他の要因についても、SNSやオンラインが間接的に関与している部分はあるでしょう。
学業のプレッシャーも、SNSで他者と比較することで増幅される可能性があります。
外見への不満も、SNSの理想化された画像に日々さらされることで強化されていきます。
本来、ネットやSNSは、コミュニケーションを豊かにしたり、人の生活を便利にしたり、ストレスを軽減するためのツールであるはずです。
それが逆効果になってしまうのは、非常に残念なことです。
もちろん、こうしたリスクは当初から想定できたことではあります。
しかし、青少年にはそのあたりの判断がつかないのが現実です。
だからこそ、大人がしっかりしなければなりません。
前々回のコラムでも書きましたが、社会や地域、学校などで一定のガイドラインを作成し、定期的にチェックして、ケア・フォローしていくしかないのではないでしょうか。 兵庫県の「いじめ防止条例改正案」や愛知県豊明市のスマホ利用時間制限のように、社会が「これは問題だ」という姿勢を示すことが重要です。
完璧なルールを作ることは不可能かもしれません。
しかし、ガイドラインを示すことで、家庭や地域での対話が生まれます。
「なぜ長時間SNSを使ったらダメなのか」「どんなリスクがあるのか」という会話のきっかけになる。
そして、各家庭で「家庭のローカルルール」を作っていく。
その過程で、リアルでもネットでも、より良い生活へと向かっていけるのです。
記事では、研究を若者と共に進める「コ・プロダクション」の重要性も強調されていました。
成田室長は日英の若者と議論を重ね、彼女たちが感じる孤独や外見へのプレッシャー、SNSとの関わり方などの生の声を研究の基盤としているそうです。
社会の構造が心に及ぼす影響は世代によって感じ方が大きく異なり、大人の感覚を基準に解釈すると的外れになりやすい。
だからこそ、若者の視点を通す必要があるのです。
これは、企業にも当てはまることだと思います。
弊社のような研修やコンサルティングを行う会社は、若い世代の声に真摯に耳を傾け、彼らが直面している課題を理解する努力が求められます。
そして、オンラインやDXを推進する立場だからこそ、想定されるリスクも含めて、有益な情報を発信していく責任があります。
学校現場では、保護者や教職員が若者の小さな変化に気づき、自殺のリスクを認識することが重要だと記事は指摘しています。
受診が早すぎるということはなく、迷った段階で専門機関に相談することが深刻化を防ぐ第一歩になるのです。
これは職場でも同じではないでしょうか。
若手社員の様子がいつもと違うと感じたら、声をかける。話を聞く。
必要なら専門家につなぐ。
そうした小さな気配りの積み重ねが、大きな悲劇を防ぐことにつながるのです。
女子のメンタルヘルスの悪化は一世代の問題にとどまりません。
記事にもあったように、いま進行中の静かな危機を放置すれば、状況はさらに悪くなるでしょう。
これは女性だけの問題でも、男女の対立構造で語れるものでもありません。
社会のあり方そのものが、若い世代の心にどのような影響を与えているのかを見つめ直す必要があるのです。
ネットやSNSには、確かに素晴らしい可能性があります。
しかし同時に、使い方を誤れば人を深く傷つける道具にもなります。
テクノロジーは中立的なものですが、それを使うのは人間です。だからこそ、私たち大人が、そして社会全体が、若者を守るための仕組みを作り、対話を続けていかなければなりません。
弊社も、オンラインの推進に関わる企業として、こうした社会課題に目を向け、できることから始めていきたいと思います。
研修の中で若者のメンタルヘルスやSNSリスクについて触れること、企業に対してガイドライン作りを提案すること、そして何より、目の前にいる若い世代の声に耳を傾けること。
テクノロジーの恩恵を享受しながら、その影の部分にも責任を持つ。
そんな姿勢が求められていると感じた今日この頃です。