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深山 敏郎

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第48回 シェイクスピアの登場人物のレジリエンス(36)終わりよければすべてよし

2022/05/17

前回はシェイクスピアのロマンス劇「シンベリン」の主人公のイノジェンのレジリエンス分析を行いました。

今回はシェイクスピアが悲劇時代(主に悲劇を書いていた時代)に描かれた喜劇であり、問題劇とも思われる「終わりよければすべてよし」の主人公ヘレナのレジリエンスを分析してみます。
今回も参考にしたのは、松岡和子先生の翻訳、BBCのDVD、そしてOxford版のシェイクスピア全集およびRSC版のシェイクスピア全集です。

今回、BBCのDVD「終わりよければすべてよし」を観ていると、貧乏な医師の娘で自分の奉公先の御曹司である若き伯爵に恋する主人公ヘレナの思いの深さと意思の強さに圧倒されます。
このDVDでは主役をアンジェラ・ダウンが演じています。
彼女は英国で活躍した往年のスターで、BBCのテレビ番組や映画に数多く出演していました。

たまたま私は若い頃、バートラム伯爵役で舞台出演したことがありますが、その時は問題劇というより、純粋な喜劇に仕上げられていました。
私も舞台でいくつか笑いを誘う演技をしました。

この芝居にはいくつかの原話があるといわれています。
学者の説によると民話の「王様の病気を癒す話」、「忍耐強い女性が無理難題を解く話」、そして「デカメロン」です。
つまりシェイクスピアはこうした原話をうまくミックスしてこの喜劇あるいは問題劇を書いたのです。

なぜ単純に喜劇と私が呼ばず問題劇というかと言えば、ヘレナの相手役である若きバートラム伯爵は、自分がヘレナの結婚相手に指名された時から不服で、逃げ回ります。
フランス国王の命令でどうしてもヘレナと結婚しなければならなくなった時にも一度は拒否し、面従腹背で結婚だけはしたものの、新婚生活をヘレナと一切送ろうとせず、戦へ志願してしまいます。
そこで不義を試みるのですが、妻ヘレナのウルトラE級の秘策にひっかかり、観念します。
何となく、本心でよりを戻すのか、またまた国王や母親などの面前だから服従したように振舞うのかも怪しいものです。
こうした理由から、問題劇という見方もできます。

「終わりよければすべてよし」のストーリー

この作品は、フランスの若き伯爵バートラムが故郷のロシリオンを離れてフランス王宮で王に奉仕するためにパリに旅立つところから始まります。
その時に伯爵未亡人であるバートラムの母親は息子と離れることに寂しさを覚えます。

同様に伯爵家に侍女として働くヘレナも涙にくれています。
伯爵未亡人は、ヘレナが彼女の父である伯爵家の侍医が他界したことを嘆いているものと思いますが、実は密かに恋するバートラムがパリへ旅立ってしまうからだったのです。
伯爵未亡人は、娘同然に可愛がってきたヘレナの真意を聞き、その心を慰めます。
ヘレナは伯爵家の侍医の孤児であり、伯爵とは身分が違うことを卑下しているのでした。

ヘレナはフランス王の病気を知り、父から教えられた処方が難病を治癒できると信じてパリへ行く許可を伯爵夫人から得ます。
パリではフランス王がいろいろな医師にかかっても治癒不能と診断されて、本人も命は長くないと気を落としています。
そこへ若くて可憐なヘレナが現れて王の病気治療を申し出ます。
はじめはヘレナを相手にしなかった王でしたが、治癒しなければ自らの命を差し出すとまで申し出ているヘレナに根負けして治療を任せます。
その結果、王は奇跡的に快復します。
ヘレナはその褒美として、自らが望む相手との結婚を約束してもらっていたのです。

ヘレナは結婚の相手として、もちろん王宮にいる憧れのバートラム伯爵を選びます。
王もそれを喜ぶのですが、指名されたバートラムは、こんな身分の低い女とは結婚したくないと王の面前で拒否します。
これが王の不興を買い、最終的には結婚しますが、内心は不服です。
そこで新妻ヘレナとの初夜を迎える前に、戦さへ志願して妻との生活から逃げ出してしまいます。

ヘレナは一人で伯爵家へ戻るよう指示され、バートラムから拒絶されたことを深く悲しみます。
また、伯爵未亡人も義理の娘となったヘレナに同情して、息子の行動に憤慨します。
ヘレナは屋敷の誰にも告げず手紙だけ残して巡礼の旅に出ます。
その途中、フィレンツェに着くと、イタリアまで遠征したバートラムの武勇伝を耳にし、また、夫が現地の美しい女性ダイアナに盛んに言い寄っていることを聞きます。
バートラムがしつこく言い寄ってくることにダイアナはやや辟易しています。
バートラムは妻帯者ですから、一夜を共にすれば不倫になるからです。
それを知ったヘレナが一計を案じます。

ダイアナに「バートラムと一夜を共にする」と嘘をついてくれるよう依頼して、実は暗闇でヘレナがバートラムの相手をしようというのです。
それとは知らぬバートラムは言い寄ったダイアナと一夜を共にしたと思い込みます。

一方、フランス王や伯爵未亡人はヘレナが失意の内に死んだと思い込みます。
それで貴族の娘と再婚させようとします。
ところがそこにダイアナが現れ、バートラム伯爵家に代々伝わっている指輪を証拠にバートラムと一夜を共にしたと申し出て再婚話を破談にします。
王は激怒しますが、その直後、ヘレナが現れて真実を語ります。
王と伯爵未亡人はバートラムを許し、若きバートラムも自らの非を認め、ヘレナとの永遠の愛を誓います。

ヘレナのレジリエンス

彼女のレジリエンスは、以下のようになりました。

今回も以下の代表的なレジリエンス要素を用いて分析をします。
1.自己効力感
2.感情のコントロール
3.思い込みへの気づき
4.楽観
5.新しいことへのチャレンジ

自己効力感は非常に高かったと思われます。
ヘレナの自己効力感は、シェイクスピア戯曲の登場人物として、恐らくもっとも高い女性であったと思われます。
非常に厳しい環境下で自らを信じて行動することは、シェイクスピアの描く女性の登場人物としては突出しています。

彼女は重要な局面で「終わりよければすべてよし」という言葉を、自分を勇気づけるためのおまじないのように使います。
シェイクスピアがこの作品につけたタイトルは彼女の発した言葉だったのです。
自己効力感を高める工夫が感じられます。

感情のコントロールは非常に強いと思われます。
自らの夫から拒否された時は非常に悲観的になりましたが、巡礼の旅などを通じて感情のコントロール法を身に付けたと思われます。

思い込みへの気づきという面は、一度は夫からの拒絶に絶望したものの、それに捉われずに夫を自分に振り向かせようという意思をもって行動することが出来ました。途中で思い込みに気づいたのです。

楽観という視点は、恋愛面ではあまり楽観できなかったと思われます。
しかし、自らの運命を切り拓くためにフランス王の治療にあたります。
その結果、バートラム伯爵を夫として迎えることが出来たのです。

新しいことへのチャレンジという視点は、フランス王の治療から始まって、フィレンツェで夫を騙すトリックなど素晴らしい発想力と実行力です。

次回は、シェイクスピアのロマンス劇であり戯曲として彼の遺作となった「テンペスト(嵐)」です。次回でシェイクスピアの登場人物のレジリエンス分析は終了します。
そして最後にシェイクスピア自身のレジリエンス分析をします。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

また、シェイクスピアに関するビジネス活用のご参考として、拙著:「できるリーダーはなぜ「リア王」にハマるのか」(青春出版)があります。
この書籍はシェイクスピア作品を通してビジネスの現場にどう活かしていくかを検討するために書かれました。

toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
株式会社ミヤマコンサルティンググループ
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