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深山 敏郎

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第11回 ジョブ・クラフティングの組織的取り組み

2021/08/31

ジョブ・クラフティングとは何か、については前回のこのコラムで書きました。
ざっと復習しておきますと、仕事に対しては大雑把に3種類の取り組み方があり、それは自分が仕事をどのように捉えているか(認知といいます)によって、ジョブ(指示・命令を受けた仕事をただ実行する)、キャリア(仕事のかたまりを任されて実行し、仕事を通じて自己を磨いていく)、天職(コーリング、つまり自分はこの仕事をするために生まれてきたと実感しながら仕事をしている)というレベルの差が、実は働く人の幸福感だけでなく、仕事の改善や創意工夫による生産性の向上などに密接にかかわっているということです。

ピーター・F・ドラッカーが終始一貫して唱えてきた考え方の一つで、働く人のモチベーションを高める技法の一つとしてのMBO(Management by Objectives through self -control:目標による管理と翻訳されている)とも通じるものです。

今回は、筆者の知る限りこのジョブ・クラフティングを組織的に行った事例と、組織的な取り組みを行うにあたっての留意点について考えてみます。

ジョブ・クラフティングの事例

事例1:自動車会社B社による販売店の経営品質向上プロジェクト

B社 AG(ドイツ本社)が構築した、自社ネットワークの自動車販売店の経営品質を向上プロジェクト(仮に“Q”というプロジェクトと呼びましょう)は、いわゆるディーラーの経営品質を総合的に向上しようというプロジェクトで、世界中で実施され10年程度続いたと記憶しています。

ドイツ本社は、米国のコンサルティング会社などと共同でディーラーの規模などによる特性を検討しながら、標準的な作業プロセス等を提案しました。“ディーラーコーチ”と呼ばれる外部専門家をディーラーに1社あたり2年から3年ほど派遣して、会社経営のすべての面で品質を向上するための現場改善の支援を続けました。なぜコーチであって、コンサルタントではないのかというと、コーチは専門性が高いもののあくまで現場の支援役であって、主体はディーラー社員一人ひとりであるという基本スタンスで行われました。ディーラー経営のプロ級の知識を有しながらも、高度なコーチングのスキルが要求される仕事でした。その方が改善活動が現場で継続するであろうという主旨です。私が参加した時の仲間として、日本経営品質賞の元審査委員、大手外資系コンサルティング会社の主任コンサルタント経験者など多くの精鋭が参加していました。

日本国内でも7~9年くらいでしょうか継続して、多くのディーラーが品質の高いパートナーとしての称号を与えられました。

日本車も扱っているディーラー社長に伺ったところ、日本の自動車メーカーT社は現場改善のプロチームを3か月ほど派遣して現場をすべて改善してしまうのだそうです。ショールームや工場、そして部品庫などを理想の形にして、あとはディーラーに維持を求めるというスタイルです。ドイツのB社とは、スタイルの違いということであろうと思います。どちらが優れているかは判断できません。それぞれの特性をあろうかと思います。

B社主導の”Q”プロジェクトでは、経営者や管理者のトップダウンだけではなく、ボトムアップの提案が多くなされました。経営陣は時には、聞きたくない言葉をただただ黙って聴くという役に徹することが求められました。現実にはこれがなかなか難しくて、初期段階ではコーチが強く介入して経営者には傾聴を促すこともありました。筆者の担当したディーラーでも、若手のスタッフから重要な問題提起や仕事の具体的な改善などが、顧客視点で数多くなされました。また、社内の不公平などへの不満も多く出されました。例えば、土日のイベントの時に女性の営業担当者がお茶出しを担当することへの不満です。ノルマは平等なのに、唯一出勤している女性である営業担当者は多くのお客様に対してお茶出しをしながら自分の見込み客への対応をしなければならいというものでした。このように多くのスタッフが見逃している問題点も指摘されました。ディーラーの体力、つまり投資余力や人員などによってディーラー自身が判断しました。結果、以前よりも現場の担当者が本来自分たちの望む仕事に集中できるようになったということが匿名のアンケート調査やヒアリングによって裏付けられています。3年程かけてジョブ・クラフティングの土壌がやっと少しできたのが現実です。

その結果、すべてのディーラーとは言いませんがディーラー全体のレベルアップにつながったのです。景気の良い時には、経営品質はあまり会社の業績には影響しないのですが、不景気の時には大きく影響することが分かっています。

統計的に不況の時の落ち込みの幅が経営品質の高いディーラーほどゆるやかであったということが分かっています。形式だけでなく、会社ぐるみでこのようなことが実施された会社では一般に働く人のジョブ・クラフティングが実現され、会社に対するロイヤリティも向上し、離職率も低くなっています。

ジョブ・クラフティングを組織的に取り組むときの留意点

以下の3点が留意点であると考えられます。

1.お題目に終わらない
働く人の主体性は、組織から命令されても上がりません。「主体的に考えろ!」といわれて主体性が向上するとは思えません。何度か前のこのコラムでも書いた、OODAプロセスは、こうした働く人一人ひとりの主体性に関しても有効です。よく観察し、その人はいったい何を実現しようとしているのか、それに組織や上司としてどのような支援が出来るのかを常に考える必要があります。

うちの会社は、ジョブ・クラフティング運動をしているから云々というお題目だけでは実現できません。逆効果も考えられます。

2.組織の根幹にかかわるルールは徹底して守らせる
いかにジョブ・クラフティングが重要だからといって、安全や品質の管理、コンプライアンスの遵守、組織の基本ルールを守らないなどは事故や不祥事、仕事のやり直しなどの原因になります。例えば上司への報告などコミュニケーションのルールを守らないことは多くの場合、仕事の生産性を低下させるとともに、周囲との人間関係に悪影響を与えます。ジョブ・クラフティングには周囲との良好な仕事上のコミュニケーションが必須なのです。

3.啐啄同機(そったくどうき)
禅語の一つです。啐啄同時(そったくどうじ)とも言われます。啐(そつ)とは、鳥の雛が生まれようとして卵の殻を中からつつくことで、啄(たく)とは親鳥が「そう、ここをつつきなさい」と外から刺激を与えることです。組織の中で、ジョブ・クラフティングをやりなさいといった組織的な刺激が強すぎることは状況を悪化します。親鳥と雛の関係に例えると、まだ雛が生まれ出てくる準備が整っていないうちに卵の殻を外から破ってしまい、雛の命が失われます。あまりに放置しておくと、雛がまだ生まれるタイミングではない、と判断して殻の中でじっとしています。OODAプロセスの最初のO:Observe、つまり部下やスタッフ一人ひとりをよく観察し、タイムリーに刺激を与えます。例えば、専門知識を習得するための社外研修への参加を提案するなどです。

こうした留意点を守りながら、組織的に働く個人や職場チームがジョブ・クラフティングを自主的に進められるように支援したいものです。

次回は、いくつかのコラムのまとめとしてワークエンゲージメント、ジョブ・クラフティングとレジリエンスの関係について考えてみましょう。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

toshiro@miyamacg.com (筆者:深山 敏郎)
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